一章

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「いいかげんにしろ!」  ワレスは立ちあがり、二人の口を左右の手でふさいだ。 「うぐっ」 「それ以上しゃべると、二人とも縁を切るぞ」 「うっうっ」 「行くぞ。ハシェド」  早々に食堂をあとにする。ハシェドはうつむいたまま、ついてきた。 「まったく、毎日これでは、やりきれない」とは言うものの、ワレスにも責任はある。  エミールはワレスのもと部下だ。そのぶん、なじみも深い。食堂で給仕係をするようになってからも、ずっと、ワレスの愛人だった。  そのエミールをさしおいて、カナリーに手を出したわけだから、エミールが怒るのはしかたないことだ。いくら、あのときは自分にかかったを晴らすためだったとはいえ。  一方、カナリーは、エミールが砦に来る前から、ワレスに目をつけていたらしい。この機会を逃すはずがない。  どちらも、ひかないわけだ。  ワレスが席を立つと、あわてて少年たちが追ってきた。 「待ってよ。ごめんよ。怒らないでよ。だいたいさぁ、もとはと言えば、あんたが、どっちつかずだから、カナリーがいい気になるんだ。なんとか言ってやってよ」と、エミール。 「さあな。勝手にやってろ」 「うわっ。最低。そういうヤツだって知ってたけどさ」 「だったら、つべこべ言うな」 「もう、頭にくるなぁ」  エミールがからみついてくる。  誰に買ってもらったのか、髪と同じ赤い上着を着て、小悪魔のようだ。兵士の食事の給仕係というのは名ばかりで、本業は男娼の給仕役にはピッタリだ。エミールが着ると、下品にならずに、よく似合っている。  ワレスの耳に赤い唇を押しつけるようにして、ささやいてくる。 「そんなこと言ってると、あのこと、バラしちゃうぞ」  エミールには弱点をにぎられている。  ワレスがハシェドを愛しているということを。 「たちの悪いヤツだ」  ワレスはエミールの頭をひきよせ、唇をかさねた。  周囲の視線は、ワレスたちに釘づけだ。 「どうやら、赤毛の勝ちらしいな」 「小隊長は天使より小悪魔がお好みなんだと」 「どこにでもいるんだよな。ああいう名物男」 「あの人は目立つもんなぁ。あの容姿」 「うん。あれだけキレイな男は、国内でもめずらしい」 「給仕とジャレてるところ見るとなぁ。変な気分になる」  そんな声も聞こえてくるが、寝技を公表されて、ここまで恥をかいたのだから、何があっても大差はない。  エミールを離すと、ワレスはかるく赤毛の頭をこづいた。 「いいかげん、機嫌をなおせ」
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