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クルウと別れたあと、ワレスは文書室へ急いだ。やらなければならないことが多すぎる。時間は大切だ。
真昼でも人影のまばらな文書室だ。
朝の早い今は、閲覧者は一人もいない。いるのは亡霊のように徘徊する司書だけだ。
「ロンド」
いつもはワレスを見つけると、むこうからとびついてくるのに、呼んでも返事がない。正直、こうなると、どれがロンドだかわからない。司書の制服を着ていると、みんな同じに見える。
「いないのか? ロンド」
「ここにおりますぅ……」
蚊の鳴くような声がする。
ワレスは天井まで届く本棚をまわりこんで、声のしたほうへ歩いていった。ロンドは床にしゃがみこんでいた。床いちめんに本をひらいて、そのなかに埋まっている。
「古書の虫干しか?」
「違いますぅ。調べものをしていたら、こうなったんですぅ。動けません」
「本をどかせばいいだけの話だろ?」
ワレスがヒョイと二、三冊ひろいあげると、「あああ……」と首をしめられたような声をだす。
「その本の五十七ページを参照に、こっちの本の百六十三ページ上段を……」
「そんなの、あとにしろ」
ワレスが強引に散らばった本を積みあげると、口惜しげにフードのすきまから袖をかんでいたロンドが、ほう、と嘆息した。
「……わかりました」
くねくねと立ちあがる。
「たまには司書らしいことをしているようだが、こっちの用事のほうが重要だ。なにしろ、伯爵のお直々のご下命だからな」
「その件なら聞いております。だから、こうして、わたくしも及ばずながら力になろうと、過去に似たような事件がなかったか調べていたのです」
ぐっと、ワレスは言葉につまる。
やや気をとりなおし、
「そ……そういうのを恩着せがましいというんだ」
言うと、ロンドはシュンとした。
「ごめんなさいぃ……」
どうも調子が狂う。
いつもクネクネして薄気味悪いヤツと思っていたが、ロンドはロンドなりに、ワレスに好かれようと努力しているのかもしれない。
おれだって、ハシェドの前では女になってしまうものな。
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