九章

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 *  クルウと別れたあと、ワレスは文書室へ急いだ。やらなければならないことが多すぎる。時間は大切だ。  真昼でも人影のまばらな文書室だ。  朝の早い今は、閲覧者は一人もいない。いるのは亡霊のように徘徊する司書だけだ。 「ロンド」  いつもはワレスを見つけると、むこうからとびついてくるのに、呼んでも返事がない。正直、こうなると、どれがロンドだかわからない。司書の制服を着ていると、みんな同じに見える。 「いないのか? ロンド」 「ここにおりますぅ……」  蚊の鳴くような声がする。  ワレスは天井まで届く本棚をまわりこんで、声のしたほうへ歩いていった。ロンドは床にしゃがみこんでいた。床いちめんに本をひらいて、そのなかに埋まっている。 「古書の虫干しか?」 「違いますぅ。調べものをしていたら、こうなったんですぅ。動けません」 「本をどかせばいいだけの話だろ?」  ワレスがヒョイと二、三冊ひろいあげると、「あああ……」と首をしめられたような声をだす。 「その本の五十七ページを参照に、こっちの本の百六十三ページ上段を……」 「そんなの、あとにしろ」  ワレスが強引に散らばった本を積みあげると、口惜しげにフードのすきまから袖をかんでいたロンドが、ほう、と嘆息した。 「……わかりました」  くねくねと立ちあがる。 「たまには司書らしいことをしているようだが、こっちの用事のほうが重要だ。なにしろ、伯爵のお直々のご下命だからな」 「その件なら聞いております。だから、こうして、わたくしも及ばずながら力になろうと、過去に似たような事件がなかったか調べていたのです」  ぐっと、ワレスは言葉につまる。  やや気をとりなおし、 「そ……そういうのを恩着せがましいというんだ」  言うと、ロンドはシュンとした。 「ごめんなさいぃ……」  どうも調子が狂う。  いつもクネクネして薄気味悪いヤツと思っていたが、ロンドはロンドなりに、ワレスに好かれようと努力しているのかもしれない。  おれだって、ハシェドの前では女になってしまうものな。
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