十章

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 ハシゴに手をかけると、うわああッと悲鳴をあげて、ユージイはワレスの頭をけってきた。  これだけさわいだのだから、周辺の部屋からも兵士が集まってくる。そのうち誰かが呼んだらしい。 「そこで何をしている」  足音も高らかに入ってきたのは、ワレスと同じ小隊長のマントをつけた男だ。褐色の髪を短く切り、うしろにピッタリなでつけている。しぐさのイチイチが高圧的で、いかにも武官らしい。  その顔に、ワレスは見おぼえがあった。  以前、階段ですれちがった男だ。ハシェドと階段近くの床をしらべていたとき、通行のジャマだと言いがかりをつけてきた。  兵士たちが、とびあがって敬礼する。 「サムウェイ小隊長!」 「小隊長殿に敬礼!」  よほど恐れているらしい。  サムウェイはひととおり室内を見まわしたのち、視線をワレスにむけた。 「そこで何をしているのだ?」  いちおう、あいさつしておくのが礼儀かと、ワレスは思った。 「おれは第四大隊、ギデオン中隊の——」  しかし、それが終わらないうちに、サムウェイが妨げる。 「名前くらい知っている。ワレス小隊長。私の部隊内で何をしているのかと聞いているのだ」  語調から、露骨(ろこつ)にワレスに対する嫌悪が感じられた。  ワレスも相手にするのがバカらしくなった。 「どうでもいいだろう? と言いたいところだが、伯爵閣下のご命令だ。ジャマしないでもらいたい」 「私の部下を上官の私に断りなく、寝台からひきずりおろすことが、閣下のご下命なのか?」 「本丸で起こっている怪事件を解決しろとのご用命だ。それに関しては全権を任されている。おれのやりかたに口出ししないでもらいたい」  ひきさがるかと思ったが、サムウェイは言い返してきた。 「ほかの何をしようと、おまえの勝手だが、私の隊の規律を乱すことはゆるさん。それに関しては、私も閣下に一任されているのだ」  ワレスの口調をマネするところがムカついた。 「この部屋の規律は、とっくに乱れている。それに気づかないなら、あんたの目は節穴だ」  カッと頰を染めて、サムウェイも頭に血をのぼらせる。が、どうにか自制した。唇をかみしめて、ワレスをにらんでいる。  そのすきに、ワレスはユージイのベッドにあがった。  まるで、ワレス自身がその化け物であるかのように、ユージイはあとずさり、壁ぎわに逃げていく。  ワレスは意地悪く笑った。 「そんなに壁に近わると、ほら、おまえのうしろに、アイツが——」  ユージイは悲鳴をあげて、今度は壁からとびのいた。ベッドの手すりをとびこえそうな勢いだ。  ワレスはジゴロ仕込みの甘い微笑で懐柔にかかる。 「バカだな。冗談に決まっている。こんな昼日中から出てくるものか。おれの目はふつうの人間に見えないものが見えると、ウワサで聞いたことがないか?」  ふたたび、ユージイの目が、最初にワレスを品定めしたときと同じものになる。 「……ほんとうに?」 「ああ」 「…………」 「おれなら、アイツがいつ、どこから現れても見える」  ワレスは嘘をついて、自分の能力を誇張した。皇都でなら誇大広告の勧告を受けるところだが、幸いにして、ここは皇都ではない。まずは、ユージイの信頼を得ることが先決だ。  思ったとおり、ユージイのワレスを見る目が変わった。 「おれの部屋に来るか?」  聞くと、ユージイは子どものように、こっくりとうなずいた。
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