一章

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 言いすてて、廊下へ出る。  両手をふっているエミールを残して歩きだすと、ハシェドがつぶやいた。 「……恥ずかしいです」  ワレスもヤケだ。 「だから、言ったろう? おれは節操がないんだ。寝るだけなら広間の戦神の像とだって寝てやるさ。もう肉体の愛には飽き飽きだ。目下のところ、精神のつながりに興味がある」  ちろりと、ハシェドを見る。 (もっとも、おまえの体にだけは興味がある)  と考えて、顔をあげたハシェドと目があったので、ワレスはドキリとして目をそらした。  ハシェドが口をひらく。 「おれのことを大切な友人だと言ってくださったことは嬉しいですよ。だけど、隊長なら、これまでにも、いくらでも友人がいたんじゃないですか? 学校のころの学友とか」  それには苦い思い出がある。  十年以上も前から、ずっと、ワレスの胸の奥にトゲのようにつき刺さった記憶。  今でも思いだすのが、つらい。  その記憶から逃れるためにジゴロになり、けっきょくは砦まで流れる要因になった。 (こうして考えると、学校での思い出には、ルーシサスのいない風景はない。おれはあの数年間、つねに、ルーシィのことしか思ってなかったんだな)  たぶん、これまでの人生のなかで、もっとも深く愛したのは、ルーシィだ。彼の死にかたが特殊だったこともあって、この想いは一生、ワレスをしばり続けるだろう。  ルーシサスが死んでしまった今となっては、学友なんていないに等しい。みんな、うわべだけのつきあいだったから。  のちに、ジゴロ時代に再会したジェイムズも、学校時代の記憶のなかでは、あいまいだ。 (ルーシサスを失って絶望していたおれを、ジェイムズが励ましてくれた。そして、ルーシサスを思う気持ちを、そのまま、ジェイムズにぶつけて、重荷に思われ、見限られた。ハシェドを愛したのは、ハシェドがジェイムズに似ているからだ)  ジェイムズと同じ、人を思いやる心を持っているハシェド。  また、負担に思われるのだろうか?  ハシェドにも、いつかは。  長い吐息とともに、ワレスは答えた。 「……それが不思議といないんだ。おれのまわりによってくるヤツは、男色家か、いかに自分が恵まれた立場かを認識するために、おれを必要とするか、自分より強い個性の下に逃げこんで、自分を守ろうとする弱虫かのいずれかだった。ほんとに心をゆるせる友人は、ほんの二人」 「ほら、いるじゃないですか」
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