十章

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 ワレスは話しながら、さらに答えをまとめていく。 「上半身だけ残った男は、なんらかの理由で、ひきこまれる途中、やつに離されてしまったんだな。きっと悲鳴を聞いて、大勢の兵士がかけつけたかどうかしたんだ。どうも、ヤツはわりに臆病(おくびょう)だ。少数の前にしか姿を見せない。  ほうりだされた男は溶解していた床が石にもどったので、胴体を切断されてしまった。胴体がくぼみに、すっぽりおさまっていたのは、人為的に切ったものを上から置いたからではなく、もともと床のラインにそって切断されたからだ。男の下半身は……持っていかれたかな。あるいは、ヤツに食われた」  血が床にこぼれていなかったのは、床の表面で出血したのではなく、石の内部で流れたからだろう。そのまま石のスキマで凝固したものと考えられる。 「ヤツは人間そのものを溶かすことはできないのだろうか? 人間を溶かしてしまえば、その場で食えるじゃないか。幻覚を見せて混乱させるなんてムダな労力だ。頭や心臓を溶かしてしまえば抵抗できない。それとも、食うためじゃないのか? いや、その場にあるのは人間の手足のようなものであり、口に該当する食物を摂取する器官が、そこにないということか……」  ぶつぶつ言いながら、ワレスが考えていると、たらいのなかから、ユージイが声をかけてくる。 「……小隊長。おれ、あんたにお願いがある」 「ああ、なんだ? 体は洗いおわったんだな? もうその服は着るな? とりあえず、おれの服を貸してやる」  ワレスがタンスをあけて一番、地味な服を選んでいると、思いがけない言葉が背中にのしかかってきた。 「おれを、あんたの隊で使ってほしい」 「はあ?」  ふりかえると、ユージイは全裸のまま、ワレスに敬礼していた。 「おれをあなたの下で使ってください! ご恩に報います」  うろんな思いで、ワレスはユージイを見つめる。 「しかしな。おれはベッドからおりられない兵士なんていらないんだ」 「大丈夫であります! 正気にもどりました!」  自分でも正気でない自覚はあったわけだ。 「では、そのたらいから出て、汚れた水を窓からすててもおうか。それができたら信じてやる」 「はいッ!」  ユージイは勢いよく、たらいからとびだし、窓辺にかけていく。  汚れて黒くなった水が窓の外に滝になって消えると、室内の悪臭もかなりマシになった。しばらく換気をしておけば、すぐにもとにもどる。  ユージイの顔つきも、さっぱりしていた。 「わかった。認めよう」 「ありがとうございます! あなたに生涯の忠誠を誓います!」 「大声を出すな。おれは正規隊のかたくるしいところが好きじゃないんだ」 「では、小声で……」  きっとお役に立ってみせますと、聞こえるか聞こえないかの声で言うのがおかしかった。  ユージイはもしかしたら、ものすごくユーモアのセンスがあるのかもしれない。
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