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と、そこへ——
「ワレス小隊長!」
かけこんできたのは、アダムだ。六海州人の面長の輪郭と、ユイラ人の色っぽい目元を持ったハーフである。
階段をかけあがってきたと思うと、断りもなく乱暴に扉をあける。
「おまえもか。静かにしてくれ。この上は中隊長の部屋だぞ。今、いいところなんだ」
アダムはワレスの言葉にたじろいだ。
「じゃ……ジャマしたな!」
「待て。なぜ出ていく。用があって来たんだろう? ジャマとはなんのことだ?」
「そいつとお楽しみの最中なんだろ?」
「はあッ? なんで、おれがこんな半月も風呂に入ってないやつと? ちゃんと、そこにアブセスだっているだろう?」
ところが見まわしても、アブセスはいなかった。湯を運んできたあと、そのへんに残っているものだと思っていた。
「変なヤツだな。なぜ、いなくなったんだ? 小隊長のおれの指示もなく」
「アブセスはいじけているのです」
そう言ったのは、アダムのうしろから入ってきたクルウだ。
「あなたが私ばかり使うので、自分は信用されていないとでも思っているのでしょう。以前、あなたに泥棒の嫌疑がかかったときに、アブセスは強硬に非難しましたから」
「まだ、あんなことを気にしていたのか? くだらない。アブセスの気質は正規兵むきだな。生真面目で応用がきかない」
「ええ。純粋なのです」
くすりと、クルウは笑う。
ワレスは肩をすくめた。
「そんなこと、おれにもわかっている。あいつを信用してないわけではない」
「そう言ってやらないと、アブセスは気がつきませんよ。アブセスはあなたを敬愛していますからね。尊敬する小隊長にそっけなくされて、しょげているのです」
ワレスは急に肩の力がぬけた。
「……だから、おれはそういう三文芝居みたいなセリフが好きじゃないんだ。家族愛だの、友愛だの、同士だの……クルウ、おまえまでそういうことを言いだすのか?」
ニッコリと、クルウは笑う。
「ええ。あなたを愛し敬っておりますよ。ワレス小隊長」
聞いているうちに、ワレスは恥ずかしさで死にそうな気がした。
ワレスは恋愛にはなれている。
だが、家族や友人、仲間といった属性のなかでの愛には、めっきり、うとい。
ルーシサスやジェイムズとのそれは厳密には友情ではなく恋愛だったし、誰もが人生の最初のうち学ぶそれらを、子どものころに経験していなかったからだ。
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