十一章

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十一章

 今度こそ勝手に部屋に入ってくる者がいないよう、ドア前にアダムを見張りに立てた。ワレスが円卓に呼びよせると、ナジェルはかたことのユイラ語で話しだした。 「はじめ、さそわれたの、二十、前」  ナジェルの年齢は三十四、五のはずだが、話す口調は幼児のようにたどたどしい。やはりユイラ語は苦手のようだ。 「ブラゴール語で話していいぞ。おれも話せるし、クルウも理解できる」  ワレスが言うと、ナジェルは顔をしかめる。 「隊長のブラゴール語、いばってる。王様」  ブラゴール語にも地方ごとの訛りがある。ワレスの使うブラゴール語は皇都周辺の公用語だと言いたいらしかった。 「しかたないじゃないか。おれは学校で教わったんだ。学校で習うのは公用語だよ」  学校、学校とくりかえしたのがよくなかったのか、ナジェルはふてくされたような目で、ワレスを見た。 「ハシェド、言う。隊長、いい人。おれ、違う。おれたち、敵。ユイラ人、敵」 「そんなことをほかの隊長の前で言えば、張り倒されるな。おれを怒らせたいのか?」  もどかしそうにナジェルは首をふった。  思いあたるユイラ語がなかったのか、あきらめたようにブラゴール語でまくしたてた。母国語を使いだしたとたん、幼児から壮年の男になる。 「あんたは、おれたちを肌の色で差別しないだけマシだがね。ほかのユイラ人なんて、見ろよ。馬のクソみたいに、おれたちを見る。なんかありゃ、おれたちのせいにするし、同じだけ危ないことして稼いでるってのによ。ちょっとブラゴール人どうし話しただけで、陰口言ってるの、スパイしてるだの……」 「ユイラ人の態度に、ブラゴール人が不満を持っていることはわかっている。だが、今日はそれを言いにきたわけではないんだろう?」  ふん、とナジェルは鼻をならした。 「ユイラ人はみんな、おれたちを動物以下だと思ってる。ブラゴール人は嘘つきで、ずるくて、なまけ者だと。あんたもそう思ってるんだろう? 小隊長さんよ?」 「おれは特別、ブラゴール人に偏見はない。勤務態度について言えば、傭兵なんて、みんな同じだ」  つまり、みんな、ずるくて、なまけ者だ。  ナジェルは下唇をつきだす。 「傭兵なんて、ろくなもんじゃねえ。おれだって来たくはなかった。でも、こうでもしなけりゃ、おれは一生、自分の家なんて持てねえからな」 「わかった。わかった。ここは役所の身の上相談所じゃないんだ」  ワレスがつきはなすように言うと、ナジェルは皮肉な調子で笑った。 「まあ、あんたはユイラ人のなかじゃ、マシなほうさ。ハシェドが言うように、いい人とまでは思わないが」 「ハシェドはおまえたちにまで、おれのことをそんなふうに言ってるのか?」  あきれてたずねると、今度はナジェルの微笑にも、あたたかみがこもった。 「あんたはハシェドの自慢なんだよ。(あこが)れなんだな。まあ、じっさい、あんたほど綺麗な男は、ユイラ人でもめずらしい。目立つんだよ。こっちに出稼ぎに来て差別されるブラゴール人から見ると、憎悪の対象っていうか。集団で襲っちまおうか、なんて話も以前はあった」 「ほう。小隊長に対して、いい度胸じゃないか」 「怒りなさんな。以前はって言ったろ。あんたが分隊長で、どんな人間かわからなかったころだよ。きどって、すましたユイラ人に見えたからな。あいつを私刑にかけたら清々すると言うヤツもいた。でも、ハシェドがかばってね。あんたのこと、いい人だ、いい人だって。しまいにゃ、みんなの前に頭をさげて、なぐりたいなら、おれをなぐってほしいとまで言ったんだぜ。泣かせるだろ?」  ワレスは胸が熱くなった。  泣かせるどころではない。急所にどまんなかだ。 (知らなかった。おまえに……そこまでさせていたのか)
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