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思えば、平の兵士や分隊長だったころ、ワレスは付け文を渡されたり、ひわいな揶揄をとばされることは、よくあった。一夜の誘いも日常茶飯事だった。
しかし、小柄なユイラ人に対して、大柄で腕力の強い外国人が闇討ちをしかけてきたことは一度もなかった。
ワレスはそれを自分の剣の腕が、そこそこあるからだろうと思っていた。あるいは階級制度の軍隊において、分隊長の位があるていど、にらみになっているのだと。砦に来て遠くない日に、何度も勲を立てたことも、彼らに一目置かせているのだとばかり思っていた。
とんだ思いあがりだ。
そう。井戸で水浴びしている最中に襲われたら、剣の腕なんて関係ない。
裏でハシェドの支えがあったからだ。
いったい、どれだけの数の企てに対して、ハシェドは盾になってくれたのだろう?
「そうだったのか……」
「まあ、あんたは凄みがあって、近寄りがたい感じはあったよ。口先だけで、ほんとに襲撃はしなかっただろうがね。そのうち、あんたがどこの国の男でも、わけへだてしない人間だってわかったんで、そういうことを言うヤツもいなくなった。なあ、小隊長」
「なんだ?」
「あんた、ハシェドを助けるつもりらしいね」
「ああ」
「一つ聞きたい。あんたはなんで、ハシェドを助けるんだ? ハシェドがユイラ人だから? 分隊長だから? それとも……」
ワレスは断言した。
「ハシェドだからだ」
ナジェルは鼻先で笑う。しかし、イヤな笑いかたではない。
「若いね。いいよ、あんたたちは。自分の思いどおりに行動できる。おれは年とっちまったんだなあ。仲間がうんぬんより、保身のほうが大事になっちまった。あんたの答えしだいじゃ、どうしようか迷ってたんだが……そうだよな。このまま見殺しにするには、あいつはいいヤツすぎる」
「ハシェドのためになることなんだな?」
「ハシェドのためにも、おれのためにも」
「報酬が欲しいのか?」
もちろん、ハシェドのためなら金はいくらでも払う。
だが、ナジェルは首をふった。
「そうじゃない。まあ、くれるっていうならもらうが。おれは一年半も働いて、金もたまったし、そろそろ国に帰るぜ。充分、息子の部屋と娘の部屋も作れるからな」
「息子……?」
クルウが説明してくれる。
「ブラゴールでは、きちんとした家庭では、親兄妹でも男女別棟で暮らすのです。立派な家が建つという慣例句ですよ」
「なるほど。それは公用語では習わなかった」
ナジェルがタイミングをはかって続ける。
「だからさ。今さら戦なんて起こってもらっちゃ困るんだ。戦でヒドイめにあうのは、いつだって、おれたち平民なんだ」
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