十一章

3/8
前へ
/142ページ
次へ
 ワレスはクルウと顔を見あわせた。 「戦が起こる?」 「ああ、そうだよ。そのために誘われたんだからな。この砦にいるブラゴール人は、たいてい誘われてるさ。砦を辞めて王宮近衛隊にならないか、ってね」  それでわかった。 「クオリルに誘われたんだな?」  ナジェルがうなずくのを見て、ワレスは納得した。 「そういうことか。以前、よその隊のブラゴール人が話しているのを聞いて、砦のなかで反乱を起こすのかと思った。どう考えても割にあわないから変だと思ったんだ。そうか。砦を辞めてというのが前提か。砦を辞めて、クオリル皇子の反乱——いや、彼の言いかたなら王権奪還かな? どっちでもいいが。現ブラゴール皇帝に対して兵を起こす。その兵士にならないかといういうのだろう? 成功したあかつきには、王宮の近衛兵士にしてやると言われたんだ」  ブラゴール人たちが次々、砦を辞めていくのは、そういうわけだ。 「なんだ。知ってたなのか」 「知ってたんじゃない。推測したんだ」 「ふーん。やっぱり切れ者は切れ者なんだね。そんなわけだから、ここにいても今日死ぬか明日死ぬかって場所だ。同じ命を賭けるなら、いっそブラゴールへ帰って、ひと旗あげたいというやつも少なくないね。でもよ、そんなのは戦を知らないやつの言うことさ」 「おまえは違うのか?」 「三十年前……大戦があった。国を二分するほどの。家が焼かれてね。逃げ遅れたじいさん、ばあさん、弟が二人、死んだ。末の弟は赤ん坊だった。お袋がおぶって逃げたんだが、二人とも大火傷を負って……けっきょく逝ったよ。お袋はそのときは命をとりとめたが、けっきょく、そのケガがもとで死んだ。成人していた兄貴たちは戦争にとられて、それっきり。たぶん死んじまったんだろうなあ。あの戦じゃ大勢、兵士が死んだから。  誰が王さまになったって、おれたちの暮らしがよくなるわけじゃない。どっちだっていいんだよ。おれたちの生活が苦しいことには変わりないんだ」  ナジェルはテーブルの上をながめている。誰かの目を見ていては話せないのだとわかった。 「若い連中は、あのころのこと知らないから、おれを腰ぬけだと言うんだが、砦のほんの何十人だかが戦おこして、どうなるっていうのかね。だいたい、おれの聞いた話じゃ、アッハド皇子ってのは優しいだけが取り柄みたいな人柄で、外戚の野心家の伯父さんに、いいように利用されてたとか、なんとか」 「それは私も聞いたことがあります」と、クルウも助成する。  ナジェルが力を得て、熱心に話す。 「そうだろ? おれのうちはこれでも、あの戦前はちょっとは名の知れた宝石商だった。親父なんかは宮殿にも入ったことがあって、内情にくわしかったんだ。血筋から言っても、器から言っても、今さらアッハド皇子が発起したところで、今の皇帝陛下にはかなわんのじゃないかな。おれが五つやそこらのガキで、煙にまかれて、すっころびながら、焼け落ちる家から、はいだしたころの話なんて、ほじくりかえすにゃ古すぎる。三十年前だぜ?」
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加