十一章

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「国内にアッハド皇子の基盤が残っていれば、望みはあるかもしれないな。さっきの話の外戚の伯父さんとか」 「それはないだろう。だって、あの皇子の母親は平民の出なんだ。踊り子かなんかが、たまたま前の陛下のお目にとまったって話だ。踊り子の親兄弟が宮廷で権勢をふるってられたのも、サマンド皇帝のご寵愛があってこそだ。サマンドさまは亡くなってるし、今になっては各国の王も貴族も動きはしねえよ。今の皇帝のイグナさまは、怒らせると怖いおかただと聞くし」  クルウがまた自分の知識をはさみこむ。 「イグナ皇帝は統治者としては優れています。戦略家でもありますしね。ただ、気性は激しい。アッハド皇子が水なら、イグナ皇帝は炎です。お気に召せば、たいへん可愛がってもらえますが、敵にまわせば恐ろしい相手になります。私もブラゴールへ行ったとき、数度、拝謁したことがありますが、宮廷貴族の掌握は完璧でした」  ワレスは苦笑した。 「それじゃ、クオリルの言いだしたことは、ただの向こう見ずじゃないか。なぜ、砦のブラゴール人たちは、そんな話に乗り気なんだろう? ナジェル、どう思う?」  たずねると、ナジェルは簡潔に答える。 「マハメトのせいだろうよ」 「マハメト?」  また、わからない単語が出てきた。ワレスがクルウを見ると、ちゃんと説明してくれる。 「マハメトは伝道者です。ブラゴールに現在の宗教を広めた人物で、彼自身は神ではありません。結婚もしていますし、子孫もいます。ブラゴールの国内にある神殿は、すべてマハメトの家系が神殿長をつとめています。ブラゴールの首都ラマスタにある神殿は、それらの総本山で、マハメトの直系の嫡男の子孫が代々、神殿長でした。  ですが、三十年前の血の粛清のとき、ラマスタの神殿は焼きはらわれ、神殿長を始め、多くの神官や巫女が殺されました。そのとき、マハメトの直系の血筋は絶えてしまったはずです」  ナジェルがいやに深刻な顔で思案にふけっている。 「おれも……最近まで、そうだと思ってたんだが……」 「というと?」  ナジェルは無意識につぶやいていたらしい。ワレスがたずねると、少しあわてた。 「いや、まあ。民衆は神殿を焼かれたことに腹を立ててる。そこんとこをつかれると、弱いんだな。時の運が味方すりゃ、案外、多くの民が発起に従うかもしれない」  そう言って、また考えこむ。 「おいおい。そういう奥歯にものの挟まったような言いかたをするな。何か気がかりなことがあるんだろう?」  ナジェルはワレスを見つめたあと、ようやく話す気になったようだ。 「そうだな。あんたも知る権利があるだろうな。あんだけ、アイツと親しくしてるんだから」 「アイツ?」  ドキッとする。  ハシェドのことだろうか?
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