十一章

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「なあ、クルウ。まだ、こんなさわぎになる前、ハシェドは言っていたな。たしか弟が二人、妹が二人、母とユイラ人の父とのあいだにいると。あれはブラゴール皇子の息子の逃亡が知れ渡る前だから、ハシェドが嘘をついていたとは思えない」 「おぼえております。分隊長が母上からブラゴールの文字を習ったと話しておられた日です。あのとき、文字を知っている姫君となると、血の粛清をのがれた貴族の姫ではないかと、私は考えたのですが」 「どうして、そういう大事なことを秘密にしておくんだ」  クルウはかるく頭をさげた。 「三十年も前のこと。それも現在は幸せにお暮らしのようなので、そっとしておいてさしあげたほうがよかろうと」  そう言われれば、そうだ。 「わかった。正論だよ。話を進めよう。すると、ここに矛盾が起こる。もし、クオリルがクリシュナ姫の息子なら、どうして彼だけ、ハシェドたち兄弟と別にして育てられたんだ?  これが逆に、ハシェドだけアッハド皇子の手元に残されたのなら、わかる。ほかの息子は自分の血統として残しておき、跡取りとのみ命運をともにしようとした。男の心理にかなってる。だが、じっさいに残されたのは、クオリルだ。どうしてだろう? クオリルだけ、母が違っていたからじゃないか?」  クルウは思慮深い目つきで答えた。 「その可能性は高いでしょうね」  ナジェルも言う。 「じゃあ、ハシェドの言ってたことが正しいんだ。伯爵の前で言ってたっていうやつ。お袋の腹んなかに自分がいるうちに離されたって」  ワレスは首をかしげながら、 「でもな。アッハド皇子は人望がありながら、母方の血筋が劣っているせいで、正妻の息子に国を追われたんだ。そんな皇子が国をとりかえそうというとき、伝道者の直系の巫女姫が生んだ息子を手放すだろうか?  伝道者の血筋は皇族に勝るんだろう? そんは息子がいたら、ほかの何よりも強い武器になる。神殿も民衆も、貴族も、王族も、そんな神聖な子どもを無視することはできない。アッハド皇子自身よりも息子の権威のほうが高い。  わざと手放すとは思えないんだ。姫の身の安全のために、姫を遠ざけることはあったとしても、息子はどこにもやらないだろう。ましてや、敵国のどまんなかで、敵国人の手にゆだねるなんて、ありえない」  ワレスは結論を述べた。 「つまり、ハシェドはアッハド皇子の子ではない。それが正解だ」  アッハド皇子がクリシュナ姫と別れたあとも、しばしば逢瀬をかさねていたのなら話は別だ。が、おそらく、それはない。  なぜなら、クオリルはハシェドの弟に似ているらしい。それは、あることの証明に思えた。たぶん、クオリルは……。  ワレスが考えこんでいると、ナジェルが憤慨した。 「やっぱり、そうか。クオリルのやつ、おれたちを味方につけるために嘘をついたんだな? おれたちには、ハシェドが両親の同じ弟のあいつをかばって、自分から捕まったんだと言ったんだぜ。あれも出まかせか?」 「中隊長のところへ、ハシェドが自分で密告書を出して、だろ?」 「ああ。なんか、そんなこと言ってた」
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