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──不意に集中力が途切れた。
(……今、何時だ)
時計を見るとそろそろ美野里が帰って来る時間になっていた。
(丁度いいな。今日はこの辺で終わるか)
再び執筆を始めればまた意識は原稿用紙に向けられ、そのまま妄想の世界に取り込まれる。
美野里と結婚してから規則正しい生活を送るようになり食生活も今までとは比べ物にならないくらいに改善され、俺の堕落しきっていた体は健康そのものになっていた。
衣食住、それに三大欲求までも常に満たされているこの生活を知ってしまったらもうひとりだった頃には戻れない。
それほどまでに美野里との結婚生活は充実したものだった。
(感謝しかないな)
頬杖をついてそんな感慨に耽っていると、つい欲張りな願望が浮かび上がって来る。
こんなに幸せな日々を送れているというのに更にもっと──なんて望むとはつくづく俺という人間は強欲だ。
(願い続け、待ち続ければいつかは叶うのか?)
望み薄な願いを何度も心の中で反芻していると障子が叩かれる音がした。
『……雄隆さん』
聞こえた声は待ち望んでいた愛おしい妻のもの。
仕事から帰って来た疲れた妻を今日はどのように愛してやろうかと考えながら自ら障子を開けた。
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