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鳥を殺した。
半透明な体を光が通り抜け、水を注いだような体内でぱちりと泡が弾ける美しい鳥は、風船が破裂したような音と共に失墜した。すうと息を吸い込み、吐くこともなく崩壊する。それは、何を考えているのだろう。少女は顔を歪めて考える。恨んでくれたらいいのに。
血の代わりのように飛び散った青がほれぼれするほどに美しくて、泣いてしまいたくなった。感情の伺えない丸い目が彼女へ向けられる。どうしてと、いぶかしんでいるように見えた。
「鳴いてはいけないから」
囁いた声はかすれていて、ざらりとした音となって喉で突っかかる。か細い言葉を、小鳥は聞くことができただろうか。
鳥を見下ろす少女、藤村沙月は長い髪を纏わせて、青い絵の具が飛び散ってぐちゃぐちゃになった絵を切り刻む。間違っても、あの小鳥が生まれることがないように。
かさついていろんな色に染まった指がプラスチックの取っ手にめり込む。けっして手放さないように握り、べったりとした汗で滑ることがないように狙いを着ける。
そして、脆くて鋭い刃を勢いよく上げて、下す。乾いた音がした。木製の板が刃を受け止める。カッターによって絵がみるみるうちに引き裂かれていた。
ガンガンガン。カッターの刃が欠けてしまう。それでも沙月は振り下ろしていた。
辛うじて絵の名残が伺えるが、その絵がどのようなものだったか知ることができた者はいなかっただろう。かさぶたのように絵の具が固まって、白い紙を汚す。そうでなければならないのだ。沙月は呼吸すら忘れて絵を壊す作業に没頭する。目には涙が滲み、苛烈な炎が踊り狂っていた。日焼けしていない肌が赤く色づき、汗が落ちる。全力で感情をぶつけていた。
「こんなもの、こんなもの。こんなの、違う」
沙月は繰り返し呟く。彼女の目にはただ、絵から紙きれへと化したものしか映っていなかった。カッターにへばりつく青も、散乱した絵の具も、視界の外へと排除されている。それだけ、絵を潰すことが優先されていたのだ。
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