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スナックを営んでいる母は明け方近くまで店に出て、午後まで寝るのが日常だ。
養われている身分で、マッサージを断るのは難しい。僕は母のベッドに近寄り、布団をめくって足首に手を当てた。軽く圧しながらふくらはぎの方まで揉んでいく。
「気持ちいい」
母は目を閉じたまま言った。
「あたしは颯太がいればいいの。光弦なんて、何考えてるかわかんない子、いなくても全然かまわない」
「でも、光弦はお母さんが産んだ子で……」
「実の息子だからこそ、よ」
僕をふり向いた母は、真顔でぽつりとつぶやいた。
「だって、あたしとあのバカの子供なんだから。絶対ろくな人間にならない」
母は、僕の父と結婚するまでシングルマザーだった。妊娠発覚で高校をやめて、1人で光弦を産んでからずっと水商売をしてきたらしい。客として出会った父に惚れられ、専業主婦にしてくれるならと条件を出して、この田舎町に嫁いできた。
それから父が死ぬまでの10年間、母はめんどくさそうに家事をするぐうたらな奥さんだったけど、夫婦仲も親子仲も良くて、僕たちは幸せな家族だった。
「おいで、颯太」
差し伸べられた手を拒める立場なら、どんなにいいだろう。
父が急死して5年、僕が変わりなく家族として遇されているのは、この母の気まぐれに過ぎないことは知っている。奨学金とバイトに頼っているとはいえ、大学生として人並みに暮らせているのは、その気まぐれのおかげだ。
「はい、お母さん」
僕はにっこり笑って、母の手を握った。
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