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1、
「東、家出したって」
「まじで?」
「兄貴が必死に捜してるらしいよ。山田たちが部活帰りにつかまって大変だったってさ」
バス停にならんでいると、後ろの方からそんな会話が聞こえてきた。
「あいつの兄貴、ちょっと変だよな」
「母親が家事しないとか言ってたから、兄貴が親代わりみたいだけど、過保護っていうか束縛? しょっちゅうメッセージとか電話よこすみたいだし、毎日けっこう豪華な弁当作って持たせて、テストん時なんかメモ貼り付けてあった」
「メモ?」
「テスト頑張ってとか、そういうやつ」
「うわ……それは引く」
「去年あたりから激痩せしたのって、兄貴のことで悩んでたかららしいよ。きついって愚痴ってた」
「で、今どこにいんの?」
「東京でも行ったんじゃね?」
「なんで?」
「たしか、じいちゃんだかが東京にいるって聞いたことある」
「じいちゃんち行くんなら、家出とは言わなくね?」
「たしかに」
会話主たちは笑っていた。
僕はそっちの方を見る気にもなれず、そっと列を離れた。
「あっ、やべ……」
小さな声が耳に届いたが、ふり向かないでそのまま近くのコンビニをめざす。
弟が通っていた塾の夏期講習が今日からはじまるので、もしかしたら現れるかもと淡い期待を抱いて向かう途中だったが、今の会話を聞いて気が変わった。
コンビニのATMで3万ほど引出し、自宅に戻って自転車で出直す。目的地は数キロ先の新幹線の駅だ。
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