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樹「なんだか、田舎にあった椅子を思い出すな」
ほの花「ふぅん?」
樹「木の椅子。ぎしぎし言うし、がたがただし、そんな良い椅子では、ない……。じいちゃんが作ってくれたんだよね」
ほの花「うん」
樹「でも、うん、あの椅子のことは好きだった。たしかに、そうだと思う。ぎしぎし軋む音が大好きだったし、窓辺にずるずる引きずって行って、外をぼんやり眺めるのが楽しみだった」
ほの花「その椅子のこと、どうして思い出したの」
樹「あんたと寝てた時にじいちゃんの夢を見てたからかな」
ほの花「……そ」
樹「うん、似てるとも、思う。あんたと、あの椅子は似てる気がする。あんたの椅子はって聞かれたら、木製で、古びていて、軋む音が聞こえる、柔らかい飴色の椅子だって答える」
ほの花「……なんだか、口説かれてるみたい。ぞわぞわする」
樹「それは、良い意味で?」
ほの花「悪い意味で」
(沈黙)
樹「そろそろ帰る?」
ほの花「うん……、うん、そうだね。これ、飲み終わったら」
樹「そ……」
ほの花「残念?」
樹「でも、まあ、最初っから分かってるわけじゃん」
ほの花「そうね」
樹「うん、そうだな。残念、は、違うかな。味が濃い。寂しいも違う。そこまで鋭くはないのだけど」
ほの花「分かんない」
樹「……ちょっと寂しいような気がする。でも、痛切ではない。それは寂しいではないように思う」
ほの花「……ええ」
樹「残念は、胃液のように苦いと思う。でも、べつに、そんなことない。まるで氷が溶けきったアイスコーヒーのように薄いし生ぬるい。こんな気持ちをなんて呼ぶ?」
ほの花「……むつかしいね」
樹「だろ?」
ほの花「……チョークの椅子」
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