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ドアの向こうにいたのは、貧相な男だった。
「どうも、夏です。今年の夏が来ました」
そう言って笑うそいつは、減量に失敗したボクサーみたいな、不健康そうな男だった。
「は?」
「去年の夏はどんな感じでした?」
「なんですか、いきなり」
「海水浴とか、行かれました?」
「いや……行かなかったですけど」
男の肩がもりっと動いた気がした。
「そうですか。それは残念。プールは?」
もりっ。
「いや……それも……なんなんですか? アンケートですか?」
「そんなようなもんです。バーベキューは?」
「してないです」
もりっ。もりもりっ。
「キャンプとかは?」
「やってないですよ」
もりもりっ。
「川遊びは?」
「よけいな世話です」
もりっ。もりもりもりっ!
「カキ氷は? 花火大会は? 流しそうめんは? スキューバダイビングは?」
「うるっさいな!!」
どう考えても僕の勘違いだとは思うのだが、男は最初に見た時よりも大きく、たくましく、元気そうになっていた。そしてニカっと笑った。
「いやいや、ありがとうございました。私<夏>は、みなさんの夏に対する後悔をもとにして次の夏がんばるようにしておりますので、大変参考になりました!」
<夏>と名乗る男は、巨体を光り輝かせて、僕のアパートから出て行った。
そして、2018年。夏はすさまじいちからで襲ってきた。酷暑だった。
ごめん、みんな。
これは、僕のみじめな夏のマイナスパワーを吸収した今年の<夏>が、無駄に頑張った結果だ。
全部、僕のせいだ。
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