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里人たちはここのキツネのことを『吉五郎』と呼びならわしていた。
「吉五郎にえりゃあ化かされてまってよお」
「いかんわぁ、吉五郎に見つかってまったで」
いのちまでとられることはないが、気も狂わんばかりの目に遭わされ、その恐ろしさにキツネの力を思い知り、もう二どと山に足を踏み入れまいと、だれもがふるえながら心に誓うのだった。
そんな恐ろしいキツネだが、神さまのつかいとされるだけあって、静かな暮らしを好んだ。猟師を化かすのも、平穏な生活を乱されることをきらうからだ。
だが、いまは戦国時代。ここにも四方八方から、あらそいの喧騒が風にのって聞こえてくる。何千本もの矢が空気を切りさく音、鉄砲のパンパンいう音、刀や槍がぶつかりあう音、大地がふみならされる音、人や馬がたおれる音、どれもキツネたちが嫌う音である。
ときおり血なまぐさいにおいや火薬のにおい、焼けた家々のこげくさいにおいなども運ばれてきて、それぞれの季節の花々の香りを台なしにした。
幸い、この山が戦場になることはなかった。
しかし、ある日のこと。キツネたちが山のてっぺんにあつまった。
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