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2045年7月 横浜
あの人のお墓の前に立っている。
あの人ではない青白い石くれをあの人だと思って立っている。
馬鹿げている。
そう思いながらも、アオは丁寧に手を合わせた。
ふと空を見上げると、灰色の空から真っ白な雪が舞い落ちてきた。
8年前。
世界の気候は一変した。
温暖化が寒冷化に転じた。
結果として、夏は死んだのである。
墓参りを終えて街まで降りてくると、すっかりと雪景色になっていた。
コンクリのビルが寒そうにして凍てついている。
街灯のポールはキラキラとした氷をまとう。
そうした街をフワフワと雪が舞っている。
今、7月の雪は悲しいほどに世界に馴染んでいる。
道行く人々は、この異常を忌々しげに受け取りながら歩く。夏の熱を恋しそうにしてやまない。
行き場のない怒りが、生贄を求めている。
アオは立ち止まる。
四方八方から鈍色に染め上げられた街の真ん中。彼は空を見上げながら、深いため息を漏らす。
ため息は真っ白に染められて、雪の中に消えた。
8年前を思い出す。
8年前、全ての引鉄になったあの日を……。
あの人のことを……。
「ホンジョウ アオ君だね」
ふと、背後からアオを呼ぶ声がした。
振り返れば、黒いスーツの男が立っていた。
「ちょっと御同行願いたい」
黒スーツが告げる。
真っ白で冷たい冷たい突風が、海の方からの勢いでアオの体を抜けて行った。
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