紅い

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紅い

前の病院よりも自宅から遠くなった。 一週間に一度、日曜日に来ていた母は、二週間に一度になった。 妹の部活も忙しい。 母親は交代で差し入れ当番だ、送り迎えだと試合の度に行くんだそうだ。 病室の窓に立ち、陽に当たる。 僅かながら日焼けする事を願う。 健康そうに見える小麦色の肌…あれが夏子の目標だ。 「夏子ちゃん、検温いい?」 両手を出して窓に捧げているのを見られた。 笑いながら、看護師さんが来た。 ベッドに戻り、恥ずかしそうに笑う。 体温計を受け取り、腕を出しながら話す。 「ちょっとでも…焼けないかなって……。」 そこまで言って、血圧計を巻かれて黙る。 「ふふ…いいよ?正常。お熱も……ないね。 焼けると思うけど、そこだと凄く時間かかりそうだね?」 (確かに…。) と思い、窓を眺めた。 目の前に葉書を出されて、停止した。 「夏子ちゃん宛て。確かに、お届け致しました。」 どこか意味ありげに笑い、部屋を出て行った。 テーブルの上に置かれた葉書を見つめた。 「は、が…き。」 懐かしい字が飛び込んだ。 決して綺麗とは言えないが、丁寧でしっかりとした力強い字。 何もかもを諦めて、空だけを見上げていた自分を外へ連れ出してくれた人の字だと、すぐに分かった。 怖々…手に取り裏を向けた。 嘘つき、約束破り、彼女出来た…いろんな言葉が頭を通り過ぎた。 書いてあったのは、予想と違う、普通の事だった。 愛の告白でもない、身体を気遣う言葉もない。 それが嬉しくて、頬が赤くなる。 ずっとこんな生活で、誰かに興味を持つ暇もなかった。 「初恋」とは…こういう事を言うのかもしれない。 夏子はそう思い、葉書を胸に抱きしめた。 徹君の坊主頭の笑顔が浮かんだ。 青空の下、汗だくの君…。 いつでも君は……駆け寄って来てくれていた。 (君の事を考えて、君の為にバイバイを言ったのに、どうしてこんな葉書を送ってくるの?) 心ではそう思うのに、気持ちはこんなにも喜んでいる。 顔が熱くて、少し泣きながら笑ってしまった。
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