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娘の様子を眺めていたサイファはため息をついた。
「この嵐があんたの心のままに操れるなら、あんたは俺を手放したくないんだろうさ」
氷は絶句したが、サイファはさらに続けた。うすく微笑みさえ浮かべて。
「良いさ、あんたの望むだけ、ここにいてやるよ。そう長くは生きられないだろうが、旅に死ぬのも悪くない」
そのとき谷を満たす風が嬉しげな咆哮を上げるのを彼女は聞いてしまった。手で両耳をふさいでも、その音色は彼女の心の内側から響き続けた。
――なんて嬉しげに謳うの。そして、なんてみにくい音なの。
風も雪も以前となにも変わっていない。変化したのは彼女の方だ。彼を引き止めたいという想いと、引き止めてはいけないという意思がせめぎあっている。
――わたしは、このひとを殺してしまう。
そう思ったとき、彼女はサイファに向かって言った。
「サイファ、わたしをころして」
「……なに?」
「そうすれば、嵐は止む。あなたは生きて真夏の国に帰ることだってできる」
サイファは顔を歪めた。
「お断りだね。気に入った女を手にかけて、それで得た余生なんぞ願い下げだ」
「でも、そうしないとあなたは……」
氷が言葉を続けるのを煩わしそうに遮り、サイファは立ち上がった。
「他にすることがないなら、前向きなことをしてやるよ」
そして素早く氷の身体に腕を回して抱きしめた。
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