真夏の国からの旅人

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 サイファは約束通り、自分のことを語りだした。  遠い砂漠の国で生まれ育ったこと。地平の彼方まで続く赤銅色の砂の海、そこをゆく隊商や、透明な水を湛えたオアシスや、河のほとりで栄える都市について。暑い真昼の大通りの静けさ、夕刻に繰り出す民衆の楽しげな表情、色硝子をはめこんだランプの下で東から来た部族が伝統の舞を披露し、楽師が見知らぬ弦楽器を爪弾く。また、羊と豆のスープや葡萄の美酒のことなどを。  サイファはさらに語る。成人の日の占いに従って己を探求する旅に出たこと。砂漠から草原の国へ、天まで届く巨樹の森に覆われた国を過ぎ、珊瑚で出来た島に立ち寄り、そしてこの大陸にやってきた。 「この谷に来たのは、自分よりも大きな氷を見てみたかったからなんだ」と彼は言った。「残念だが、俺は寒さに強くない。北の冷たい国々に行く気にはなれなくてね」  その日も谷は穏やかな薄日に照らされて、嵐の気配はなかった。 「この谷は常に雪嵐に包まれていると聞いたんだが」  首をかしげるサイファに、氷は頷いて返した。 「嵐の収まる日もある。嵐は谷を氷盗人の手から守っているだけなの」  そして気になっていたことを尋ねた。 「あなたも、氷塊を採りに来たの?」
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