真夏の国からの旅人

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 サイファが笑ってそうだ、と答えたので氷は沈んだ気分になった。それでは、この明るく笑う男も氷晶漬けにしてやらねばならない。  だが、サイファは氷の顔を見て可笑しそうに続けた。 「そんな顔するなよ。俺は氷塊を持ち帰る装備なんて持っちゃいない、ただの旅人さ。俺が持ち帰るのは輝く美しい氷柱の谷と、そこに住む氷の娘の物語だけだよ」  その言葉は氷の心を不思議な思いで満たした。安心に近いだろうかと彼女は思ったが、そもそも感情というものに慣れていないのでよく分からなかった。  サイファは氷の様子を見ていたが、ふいに口を開いた。 「氷、俺と旅に出ないか」  氷はなんと答えれば良いのか分からなかった。千年のあいだ彼女を覆っていた白くぼんやりとした気分に再び包まれたような気がした。  サイファは辛抱強く氷の応えるのを待った。  長い、長い時間ののち、氷は小さく言った。 「谷の外には行けない」 「どうして」 「わたしは氷。外では溶けてしまう」
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