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カランカラン、と乾いた鐘の音が響く。
「いらっしゃい」店主であろう、にこやかなお婆さんはそう言った。
喫茶店に入って来たのは、高校生カップルらしき2人の男女であった。
「何か飲みますか?」とお婆さん。
「え、えっと、冷たい紅茶と、あとアイスコーヒーをください」彼氏が注文した。
「すぐに淹れますから。お好きな席へどうぞ」
お婆さんはすぐにと言いながら、のんびりと用意を始めた。
お婆さんのすぐ近くに座っていた、若い男がお婆さんに話しかけた。
「俺も高校生の時、1度だけここに来たことがあるんですよ」
「あら、そうでしたか。覚えていなくてごめんなさいね」お婆さんが答える。
「いえ。もう5年、いやもっと前のことですから」
「それにしても、待ち人さん、お見えになりませんね」
そうお婆さんが言うと、若い男はふっと笑った。
「きっと来ないでしょう。それでも俺は諦められないんです」
「その方は、あなたの想い人なのですね?」
「ええ。高校生の時、俺はその人と2人でここに来ました」
「それは、それは」お婆さんは相槌を打つ。
「俺はその人に惹かれていました。けれど俺はその人を拒絶してしまったんです。俺には、叶えたい夢があったから」
お婆さんは若い男の話を聞きながら、まだアイスコーヒーと紅茶を淹れていた。男は話を続ける。
「そしてその人にも、夢がありました。俺は邪魔してはいけないと思っていたんです。今になって考えてみれば、もっと素直でいればよかったんですけどね」
「それで今は、その方を待っていらっしゃるんですね」
「そうです。とは言っても、もう5年前から1度も会っていませんし、連絡もしていませんから。来るわけがないってわかってはいるんです」
「あなたのお気持ち、わかりますよ」お婆さんはそう言って、ようやくアイスコーヒーと紅茶を高校生カップルのテーブルへと運んだ。
喫茶店の掛け時計が、音楽を鳴らす。外はだんだんと暗くなっていくのだった。
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