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満員電車に乗らずに済んだと喜んだのも束の間、いつもの通勤時間は実は太陽が肩慣らし状態だったんだと思い知った。早めの昼ご飯を狙って出勤しようとしたら、太陽さんはもう元気全開、全力投球していただけているようで。
「あつい……ああ……あつい……」
ネクタイはさすがに鞄に入れているんだけど、着込んだシャツはぐしゃぐしゃに汗で濡れそぼっている。女の人だったらちょっと目のやり場に困るようなシチュエーションかもしれないが、残念ながら僕の場合スーパーのワゴンに突っ込まれていた世にもダサいタンクトップが浮かび上がってくるだけである。
いつも使っている駅からふたつ離れた割と高級な住宅街のある駅の商店街の奥のほう。だんだん店がまばらになっていく。おかしいなこの辺のはずなんだけど、ええと店の名前は確か……きょろきょろと看板を探す僕の目に最初に入ってきたのはやけに達筆な手書きの筆記体が並んだ白い紙。これってフランス語なのかなあ、ってことはここでいいのかなあ。暑さに朦朧とした僕がぼんやりと眺めていたら、からからと控えめな音を立ててガラス戸を開け、白髪交じりのワンレンを奇麗にセンター分けしたご婦人がにこにこと微笑みながら話しかけてきた。
「いらっしゃい。ランチ、やってますよ」
どうやらここで間違いないようだ。客席のテーブルに座っていたコック姿のご主人が、僕を見てなんだかいそいそとキッチンへと移動を始めた。
サヴァランという名のフランス料理店。
筆記体のメニューとご主人の出で立ちを見て、僕の胃袋は嬉しそうに身を引き絞って悲鳴を上げた。
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