真夏のフレンチ

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「お待たせしました、前菜のお野菜のテリーヌです」  どうでもいいカナコさんの婚活失敗談など思い返しているうちに、先ほどのご婦人によって一品目がテーブルに届けられた。目にも鮮やかな透き通るトマト色のソースにいやが上にも期待が高まる。 「いただきます」  平たいスプーンですくい上げたトマトベースのソースに黄金色の油の玉が浮いている。オリーブオイルを使っているらしい。象牙色の薄いテリーヌの中には人参やズッキーニが細かく切って並べられ、ちょっとレトロなタイル模様みたいだ。オクラの星形がほほえましいが、僕はソースをたっぷりかけて舌の上に載せたその一口で、脳天に直撃を受けた。  ひんやりとした冷たい皿に載せられたテリーヌ。淡泊そうな見た目から思いもよらぬほど、しっかりと味がついていた。これはブイヨンだろうか。暑さにやられた僕の食欲が久しぶりに呼び覚まされる。  テリーヌはふつうゼリー寄せとは違って脂が主張してくるものだが、夏野菜と合わせた出汁のきいたこの一皿は、通常よりだいぶ脂を控えている。そして脂のうまみが減った分を塩気で補い、さらにトマトの甘みと合わせる。ああなるほど、動物性の脂を引いた分をソースのオリーブオイルで足してあるのか。さっぱりしていて、ああこれはほんとうに。 「おいしい……」  貸し切り状態の平日のランチタイムで、ご婦人がにこにこと僕のところへパンを持ってきてくれた。 「あら。それはよかったわ」 「いや、ほんとにこれおいしいです」
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