真夏のフレンチ

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 日本の夏を理解したフランス料理だ。ああこれ絶対白ワインに合うやつだよなあ。こんなことなら、ハゲ田の言う通り素直に全休にしとけばよかった!  そんな後悔も束の間、二品目は本日のスープで、あつあつのクリームスープが運ばれてきた。  へえ、夏なのにクリームスープか、と思ってスプーンを差し込んだ瞬間、予想した感触よりさらさらしていて僕は少し目を開いた。  今までに飲んだことがないタイプのクリームスープだ。  どっしりしておらず、さらさらとして味が薄い。さっきのテリーヌの方が塩気が強かったくらいで、塩も胡椒も脂も主張をしてこない。これはたぶん生クリームの代わりに牛乳と、魚がメインのブイヨンが使われている。スープ皿をさらってみても、身はおろかうろこひとつ入っていないのに、白身の魚が脳の中を悠々と泳いでいくようだ。  ……うまっ。なにこれ、うまっ。  僕が夢中でスープをすくっていると、ご婦人がにこにこ笑いながらこっちを見ていた。今にも「たんとおあがり」なんて言い出しそうな顔つきだった。  言われなくてもどんどん食べますとも。夏バテなんてすっかり忘れた僕の胃袋が舌が脳細胞がそれぞれの持ち場も忘れて踊り出しそうだ。特に満腹中枢周辺が。  白というより絹色の、さらりとしたスープが揺れる。ほんのりと牛乳の甘みが僕の舌先をくすぐって流れ落ちてゆく。  具材は人参、たまねぎ、エノキダケ。なんなら僕の冷蔵庫にだってあるようなものしか使ってないのに、なぜだか魔法みたいにうまいスープだ。  料理人はいくところまでいきつくと、魔法使いにジョブチェンジできるんだろうか。  スープを最後の一滴までパンに染みこませてすくい取ると、いよいよ本日のメインとご対面だ。
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