真夏のフレンチ

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 今日のイチオシだというアメリカ産アンガス牛のステーキ。  僕の握り拳分くらいはありそうな十分なボリュームのステーキに、たっぷりと焦げ茶のソースがかかっている。  大胆にナイフで切ってみると、まず手に伝わるその感触が楽しい。弾力も柔らかさもほどほどの、赤身がちの肉質。僕はちょうど好みの肉質ににんまりして、大きく口を開けて肉を頬張った。  アメリカ産の肉が固いなんて言ってたのは、今はむかしのお話だ。確か牛肉の自由化がはじまったのが九十一年で、それからもう間もなく三十年になろうとしているわけで、この三十年、アメリカなりに努力はしたんだろうなと思う。もちろん日本の畜産農家のことや経済全体、ひいては外交だとかの問題を考えたらそう簡単には喜べないけど、僕個人という消費者目線で言ったら、これだけのうまい肉を安価で口に入れられるというのはやっぱり、恩恵だとは思う。和牛のあのとろけるような柔らかい霜降りもおいしいとは思うけれど、この肉の線維を噛み切る感触、しっかりと焼き閉じ込められたいかにも牛という感じの少し野蛮なうまみは、ただ単純に、うまい。  しかもこの、表面はしっかりと焼かれているのに真ん中にしっかり残った生々しい紅色から血が滴ってソースに混じるこの光景。こんなものはっきり言って、食える芸術でしかないじゃないか。  そのうえ添え物のじゃがいもが、とろっとろを越えて崩されてなんだかもうふわふわだ。うす黄色いじゃがいもに普通より少し酸味をきかせたグレービーソースを皿の上で混ぜ合わせ、肉の上に載せてみた。  ああこれうまいな。肉とじゃがいもって相性が抜群だ。特に牛肉とじゃがいもなんてたぶんこれ、運命の相手なんじゃないか。カナコさんがよく行ってるあの婚活パーティーとやらで出会ったらきっとその日のうちに交際に発展するんだろう。  くだらないことを考えている間にも、僕のナイフは止まらない。切って刺してほおばって。ソースの中にところどころちりばめられた胡椒のかけらが口の中でガリッとはじけて、鮮烈な刺激がほとばしる。  ソースじゃがいもそれから牛肉。どれもそれぞれうまいのに、一口でほおばると食感まで混ざり合ってまるで万華鏡だ。
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