真夏のフレンチ

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 めくるめく恍惚に身を任せていたら、厨房から僕の様子が見えたのかご主人がなんだかにやにや笑っているような気がした。それを見てご婦人が皿の上を見ておかわりのパンを切ろうとしたので、僕は慌てて辞退した。もうだいぶ忘れかけているけど、午後から僕は仕事に行かなくちゃならないのだ。いくらうまいとはいえ食い過ぎるとよくない。主に眠気とかまあ、そのへんが。 「それじゃあそろそろ、デザートもお持ちしますね。コーヒーと紅茶どちらがいいかしら?」 「ええと、じゃあ……コーヒーお願いします」  これはカナコさんの受け売りなんだけれど、実はフランスにはイギリスより先に紅茶が伝来していたのだそうだ。その後コーヒーがオスマントルコから伝わってすっかり国をあげのてコーヒー党になってはいるが、フランス社交界の貴婦人達は好んで紅茶を嗜んだそうで、フランスの紅茶は特に花や果実の香りのついたいわゆるフレーバーティーが多いとのことだ。「ほら、フォションとか。あれってフランスのメーカーでしょう」とカナコさんが挙げたブランドは、紅茶党ではない僕でも知っているくらいに有名だ。  そういうわけで、フランス料理には紅茶とコーヒー、どちらが合うのかいつも迷うのだけど、さっきの肉の野性味に引き摺られて今日のところはコーヒーにしておこう。 「はいどうぞ。お砂糖とミルク、置いておきますね」
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