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「しかし、異世界の住民というのは、のんきな……いえ、落ち着いた感性をお持ちなのですね」  僕がお茶を入れている間、何かが不満だったのか、彼はずっとそんなような事を言っていた。 「まあ、人よりのんきなのは事実だが、それで?」 「……ようやく本題に入れます?」 「ああ、どんどん入れ」  何が気に入らないのか、せんべいは不機嫌そうな顔つきだったが、少しずつ話し始めた。 「我々の王国、茶菓子王国が魔物の襲撃を受けたのが四日前……って、何むせてるんですか?」 「いや…………続けて」 「はい、王国全土は奴の呪いに包まれ、多くの民が倒れ、まさに我が国は滅びようとしていました」  彼は少し言葉を切った。何か言いにくい事なのだろうか、ためらっているように見えた。 「……それであんたが助けを求めに来たってことか?それですべてなんだな?」 「あ、いえ……いや、大体の話としてはそんな所です」  こちらからの問いにも歯切れが悪い。まあ、それには触れない事にして、僕は一番重要な点に触れた。 「話は分かったけど、それに僕が協力できるとも思えないんだが。どういう風に伝わっているのか知らないが、こちらの世界は魔法だの呪いだのって領域は一般的に理解不能なものとされているんだ」 「……そんな……では、あの魔人に対抗する術は失われたと……!」 「残念だが、そのようだ」 「……それではモナカを助けることは……そんな……それでは彼女は…………」  すでにこちらの話はきいていないようだ。どうやら女がらみらしい。  何だかこちらが気の毒になってきた。 「あの……」  その瞬間、彼の背後が歪んだように見えた。  僕は思わず叫ぶ。 「危ない……っ!」 「え……?」  せんべいが振り返った。僕は画面に手をつっこむと、彼をこっちに引っ張り込む。 「うわわっ!」  彼がひっくり返っているが、僕は画面から目が離せなかった。  画面に映っていたのはゆらゆらと動く陽炎のような何か。目の部分は判別がついたが、それ以外は何も分からない。形がないのだ。 「お前は……」  かすれた彼の声がする。僕もおもわす息を呑む。  その魔物はむっとするような空気を漂わせていた。こちらに入ってくる事はないようだが、その熱気のような何か不快な感覚は伝わってくる。 「……探したぞ、王子よ」 「何? あんた、王子なのか!」  何てお約束! ……もとい、何て王道!  とにかく典型的な展開に、せんべいは黙って唇を…あるかどうかは(以下略)……かむ。 「ふっ……、王子とは名乗れまい。国の呪いを婚約者一人に押し付け、国を逃げ出したのだから……。可哀相に、お前の妃は王国全土の民にかけられるはずの呪いを一身に背負っている。我が呪いを抑えるあの力……あれだけの魔力があれば、自分だけでも逃げる事はできたろうに」  説明台詞ありがとう、魔物! おかげでやっと話が見えたぞ!  しかしせんべいも何とか気力を取り戻したらしい。画面に向かって叫ぶ。 「黙れ、湿気魔人め!」  一瞬、脳みそが停止した。何度も胸の中で反芻する。せんべいだから湿気……確かに茶菓子の国なら湿気は大敵だ。せんべいも開けたらしっかり封をしないと、湿気て美味くなくなってしまう。おかきもあられも同様だ。最中だってかび易くなるだろう。  ……それはよく分かる。よく分かるのだが……  一体、何なんだ、そりゃ。  そんなこちらの気持ちを無視して話は進んでいく。 「僕らは決して誰も見捨てたりしない! 誰も、だ! もしもお前を倒す手がないとしても、僕は、僕だけは逃げたりしない! 茶菓子王国王位継承者の誇りにかけて!」  なんて立派な決意表明だ。さすが茶菓子の国の王子、茶菓子の誇りってところがナイス。  無謀にも画面に突進しようとするせんべいの首根っこを掴んで止めると、彼がきっとこちらに凄まじい目を向ける。 「止めないで下さい! こうなったら、刺し違える覚悟で突撃します!」 「いや、それじゃ単なるアホだろ」  僕は冷静だった。近くにあったクッキーの袋から小さな小袋を取り出すと、ぐっと彼の手に握らせる。 「これは……!」 「あいつの名前を聞いて分かった。確かに奴は僕らの世界にもいる魔物だ。いいか、この中に入っているものは、あいつに打ち勝つ事が出来る秘密の道具だ。ただ、僕の世界にあんな大きな魔物はいないから、これで倒せるかは自信がないが」 「あ……これは……何か力が湧いてくるような……」 「一つだけ、注意するんだ。よく聞け。それは口に入れてはいけない。これだけは守ってくれ」  もう一度言おう、僕はあくまで冷静だった。  乾燥剤の袋を持たせ、ぐっと親指を立てる。 「ご武運を!」 「ああ!」  王子は勢いよく画面に突進する。そのままするりと画面に飲み込まれ、あちらの世界に溶けていく。 「……覚悟っ!」  僕は黙って戦いを見守っていた。  乾燥剤を持ったせんべいに湿気魔人の湿気攻撃は通じていなかったが、同時に彼の方も決定打を出せずにいる。そりゃ、そうだろう。 「……くっ、キリがない……!」  せんべいが少し疲れを見せはじめたその時、魔人の物理攻撃が炸裂した。何とかかわしたが、その弾みで乾燥剤の袋が破れ、半透明の玉が散った。 「あ……」 「しまった……っ!」  せんべいの顔に一瞬だけ絶望の表情が過ぎる。  僕は……のんきに、乾燥剤の玉もなかなか綺麗なものだと感心していた、ちょうどその時。 『……あきらめてはなりません! 私の力を貸します』  何だか遠い所から声が聞こえてきた。せんべいは驚愕の表情を浮かべ……それを決意のものへと変える。 「湿気魔人、覚悟……っ!」  何をするのかと、息を詰めて見守る。彼は必死の形相で手を印の形に切ると、気合を込めて叫んだ。 「乾燥剤ボンバーーーッッ!」  ……………………………………………………  はっ!一瞬、脳波が止まってしまった。  何だか知らんが、湿気魔人があっけなく倒れているのが見える。  あまりの下らなさに息絶えたわけでもないだろうが、しかし、一瞬こっちまでやられるかと思ったぞ。  だがせんべいはそんなこっちの気など知らない。とても嬉しそうに声をかけてくる。 「見て下さい! 僕は、僕は…!」 「……ああ、おめでとう」 「ありがとうございます、異世界の賢者よ」 「賢者……ねぇ……」  髪をがしがしとかき回し、何とか精神を落ち着かせると、彼と向き直った。 「まあ、いい。とにかくこれで恋人を救えそうだな。」 「はい! あ……いや、はい……」  少々決まり悪そうな笑みだ。まあ無理もない。  王子という立場を考えれば、本来、国の心配の方が先だろうから。  そんな時、さっきの正体不明な声が響いてきた。 『……王子よ、そして異世界の住人よ。ありがとうございました』 「この声は……貴方なのですか、女神モチゴーメ!」 「も……もちごめってお前……」 『人々にはそう呼ばれているようですが』  あっさりと言ってくれる。やっぱりこの世界は変だ。 『この戦いは異世界の民とこの世界の民、二つの力をもって立ち向かわなければ勝てぬものだったのです。異世界の知恵、自らの勇気。分かりますね、王子、せんべえよ』 「はい、分かります」 「せ、せんべえって……」 「ああ、僕の名前です。そういえばまだ名乗ってませんでしたね。失礼しました。僕は茶菓子国王チャガーシ一七世の子、せんべえ。あ、こう書きます」  そういって、“千兵衛”と書いてくれた。  どうやら奇遇にも彼らの言語は日本語と同系統らしい。……まあそうでなきゃ、話が通じるはずもないのだが。……そうなんだが…… 「それでは、僕はこれで。貴方への恩義、決して忘れません。何かあれば、今度は僕が命にも代えてお助けします」 「ああ……」  異世界の王子は固く握手を交わすと、さっさと画面の向こうに行ってしまった。  彼の姿が消えると同時に、アン●ンマンのオープニングテーマ曲が流れ始める。  まるで、短い白昼夢を見た気分だった。  いや、おそらく夢だったにちがいない。  ただクッキーの袋から乾燥剤が消えていた事に関しては、今でも説明がつけられずにいる。  ―――完
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