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 その日、僕は新聞のテレビ欄をみていた。  普段、テレビなどあまり見ないのだが、時々時間を持て余すと変な番組をつけている。  どれくらい変かと言えば……… 「あ、今日はアン●ンマンがやってるな」 と、いう程度だろうか。  いや、子供番組とか古い時代劇とか、そういう単純な話展開の方が見るのが楽だから、というだけだが。僕の頭はいたって単純に出来ているのだ。娯楽にまで複雑な話など持ち込みたくない。  そんな事を思いつつ、鼻歌まじりにテレビのスイッチを入れる。画面いっぱいに茶色の丸い顔が広がった。 「……ん?」  お茶を注ぎながら、僕は目をみはった。急須を置き、何度も目をこすってみる。  やっぱり見間違いじゃない。  アンパンにしては質感の固い、ごつごつとした顔をべたりと画面にくっつけている。涙をでろでろに流している、潤んだでかい瞳の未確認生物。 「アン●ンマンってこんな顔だったっけ?」 「違う! 僕はアンパンなんて軟弱なものじゃない! 丈夫な歯の味方、固い固いせんべいだい!」 「ん? 今日のゲストキャラはせんべいか」 「ゲストじゃない!大体、何の話なんだ! ……いや、どうか異世界の住人よ、僕の話を……」 「おいおい、アン●ンマンに異世界ネタはないだろ。いつからそんな小難しい話に……」 「…………あああ、モナカ…、何か僕、くじけそうだ。異世界の住人、話通じないよ……」  テレビの中で散々暴れまわった後、がくりとうなだれるせんべい(?)。しばらく楽しく鑑賞していたが、ふと妙な事に気がついた。  画面から、奴の頭がぴょこんと出ているのだ。  いや、そんな事はありえない、目の錯覚に違いない。  ぶつぶつ文句を言いながら、まだ泣いているそいつの近くまでいき、思い切ってその部分を掴んだ。 「ぎゃああああああっっ! ぼ、僕の頭をわしづかみにぃぃっ! 異世界の住人、乱暴だぞ!」 「うわわぁぁぁぁっ! さわれる! 何で、せんべいが動いたりしゃべったり、はたまたしゃべったりっ?」  自分の悲鳴と相手の悲鳴が耳をつんざくような大音響で響き渡った。思わず、耳を押さえてのたうちまわる。 「う……」  ようやく人心地つき、ゆっくりとテレビ画面に目をやる。同じように耳――あるのかどうかは知らないが――らしき場所を押さえて、駆け回っているせんべいの姿。せんべいと言っても、別にせんべいの体から手足が生えているのではない。むしろ人間の体から頭だけをせんべいに変換、三頭身にしたような体型をイメージして頂きたい。それが難しい方には、こう言い直そう。  ――アン●ンマンのせんべい版、と。 「……一体、お前は何だ……?」 「ああ、やっと僕の声が届きましたね」  ほっとしたように胸をなで下ろすと、レースのハンカチーフを取り出して涙を拭いている。  せんべいという割には、服装といい持ち物といい、妙に西洋風なのが謎だが。それも西洋貴族風。イメージ的にいえば近世くらいの時代感覚だろうか。  何だか信じたくはないのだが、この手でブラウン管から飛び出したモノに手を触れたんだから間違いないのだろう。これは理屈を越えている。  彼は乱れに乱れた格好を整え、きっとこちらに向き直った。 「異世界の住人よ、実はこうして姿を現したのは他でもない、お願いがあって……」 「やなこった」  僕は笑顔で答えた。  彼はしばし硬直していたが、再び気を取り直して、言い直す。 「お話だけでも……」 「時間の無駄だ。第一、突然人の家に出てきて、話を聞いてくれとは、図々しいにも程があるだろう」 「それはごもっともです、我らとてそれが図々しい願いである事は百も承知。しかし我が王国が滅亡の危機に瀕している状態、もう一刻の猶予もならない所まできているのです。しかも敵は我らでは対抗できない相手。そこで、僕らを食らい、なおかつ我らの敵でさえも制御してしまうときく、この異世界のヒトという生命体に救いを求めに来たのです」 「うーん……」  僕は腕を組み替え、少し考えた。  正直、何を言っているのか良く理解してなかったのだが……一つだけ、理解した事はある。  彼が決死の思いで交渉に来たのだろう、という事は容易に想像できる。彼は“我らを食らう”と言った。ひょっとしたら自分を食ってしまうかもしれない異世界の民の所まで来るには、かなりの勇気が必要だろう。  少なくとも、僕ならやらない。 「どこまで力になれるかは分からないが…とにかく話だけなら聞いてもいい」  僕がそういうと、ぱあっと彼の目が輝いた。 「ありがとうございます!」 「ただその前に……」 「何でしょう?」  僕はテレビの前にテーブルを引き寄せながら、訊ねた。 「日本茶と紅茶、どっちがいい?」
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