【青いドレス】

5/6
前へ
/6ページ
次へ
*** 三日目の朝、不覚にも寝坊してしまいました。 開店前には掃除もしますのに、大失態です。 身支度を整え、食事も摂らずに慌てて階下の店舗へ下りて行きましたが、既に開店時間は15分も過ぎています。 幸い清水さまは、まだいらしていないようです。 トルソーに着せた青いドレスにブラシをかけていますと、ドアが開いてベルが来店を知らせました。 「いらっしゃいませ!」 勢い込んで声を掛けましたが、そこにいたのは清水さまよりは年上と見える20代後半の女性と、幼稚園に通っているくらいの歳の小さな男の子の母子でした。 その時私の視界の端に、何かがはらはらと落ちましたが、私は母子に気を取られていましたので、それをよくは見ませんでした。 「あの、仕立てをお願いしたいのですが」 「は、い」 声が喉に詰まりました。 清水さまはどうされたのでしょう、あんなにお急ぎでしたのに。 10時きっかりにいらして、店が開いていないと失意のままお出かけになられたのでしょうか。 あるいは、ゆっくりご来店の最中でしょうか……だと良いのですが。 お客様を、奥の席にご案内しようとした時、男の子が声を上げました。 「ちょうちょ!」 え?と私とお母様は男の子が指差す先を見ました。 男の子の手は店の奥から出入り口に向かって動きます。 確かにその通りに、蝶が一頭、ひらひらと飛んでいました。 青い翅が美しいです。 その美しさは、開け放たれたドアから外に舞い出て、陽の光に当たるとより際立ちました。 思わず三人で見惚れてしまうほどに。 「モルフォだ、ねえ、お母さん、あれ、モルフォだよね!?」 男の子は昆虫に詳しいのでしょうか、興奮気味にお母様の腕を引きます。お母様はそれを肯定しております。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加