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三日目の朝、不覚にも寝坊してしまいました。
開店前には掃除もしますのに、大失態です。
身支度を整え、食事も摂らずに慌てて階下の店舗へ下りて行きましたが、既に開店時間は15分も過ぎています。
幸い清水さまは、まだいらしていないようです。
トルソーに着せた青いドレスにブラシをかけていますと、ドアが開いてベルが来店を知らせました。
「いらっしゃいませ!」
勢い込んで声を掛けましたが、そこにいたのは清水さまよりは年上と見える20代後半の女性と、幼稚園に通っているくらいの歳の小さな男の子の母子でした。
その時私の視界の端に、何かがはらはらと落ちましたが、私は母子に気を取られていましたので、それをよくは見ませんでした。
「あの、仕立てをお願いしたいのですが」
「は、い」
声が喉に詰まりました。
清水さまはどうされたのでしょう、あんなにお急ぎでしたのに。
10時きっかりにいらして、店が開いていないと失意のままお出かけになられたのでしょうか。
あるいは、ゆっくりご来店の最中でしょうか……だと良いのですが。
お客様を、奥の席にご案内しようとした時、男の子が声を上げました。
「ちょうちょ!」
え?と私とお母様は男の子が指差す先を見ました。
男の子の手は店の奥から出入り口に向かって動きます。
確かにその通りに、蝶が一頭、ひらひらと飛んでいました。
青い翅が美しいです。
その美しさは、開け放たれたドアから外に舞い出て、陽の光に当たるとより際立ちました。
思わず三人で見惚れてしまうほどに。
「モルフォだ、ねえ、お母さん、あれ、モルフォだよね!?」
男の子は昆虫に詳しいのでしょうか、興奮気味にお母様の腕を引きます。お母様はそれを肯定しております。
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