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「逃してしまってよろしいんですか?」
お母様が言います。
「いえ……私のところでは蝶は飼っておりませんので」
一体どこから迷い込んだのでしょう。
確かにその青い蝶はモルフォに似ております。翅全体が見事に真っ青なのです。
モルフォ蝶は、日本にいたでしょうか?
私の記憶ではいないはずです、では何処かのお宅から逃げ出してきたのでしょうか?
このまま逃してしまって良いのでしょうか……思う間にその蝶は空に向かって飛んで行ってしまいます。
陽の光を青く反射した時気付きました、翅の一部が不自然に歪んでたわんでいます。そこに風を受けてしまって少し飛び辛そうです。
それを軸にするように、弧を描いて飛んだ後、ふわふわと南に向かって飛び去ってしまいました。
「行っちゃったぁ!綺麗だったね!」
「そうねえ」
ドアを閉めて入っていらっしゃるお二人を奥へご案内した時、気付きました。
トルソーに着せていたあの青いドレスがありません。
そしてその脇の床にくしゃくしゃになって置かれているのは、私の服です──。
私物が脱ぎ散らかしてあるなどと判ったら、お客様に失礼ですね、私は黙ってそれを拾い上げ、ミシンの脇に隠しました。
母子との商談の最中も、あの蝶の事ばかり頭によぎります。
青い翅の中のたわんだところが少し赤みを帯びて見えたのは、私の思い込みでしょうか。
清水さま──私のお仕事はいかがでしたでしょうか?
もう、私への仕事の依頼がないことを祈ります。
恐らく遠い遠い旅に出られた、あなたの無事も。
終
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