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君子がこの屋敷にやってきたのは、ちょうど一年前の今のような暑い夏の日だった。その日、また失業してしまった君子は、この屋敷のある高台へと続く一キロもある急な上り坂を汗を掻き掻き、うんざりしながら上っていた。その時、一息つこうと、ふと立ち止まった電柱に(お手伝いさん求む)というなんとも簡素な手書きの貼り紙を見つけた。普通の人間ならここで何事もなかったかの如く、スルーしていくところなのだが、しかし、もう何度目か分からない失業をしたばかりの君子は違った。律儀にいつも持ち歩いているメモ用紙に連絡先をメモすると、家に帰り、早速電話をした。
「じゃあ、すぐに来てください」
電話の向こうでそう言われた君子は、慌てて履歴書を書き上げこの屋敷に駆けつけると、バカでかいお城の門みたいな門をちょっと躊躇しながらくぐり、だだっ広い敷地を迷いながらうろうろしているところを、ここの主に発見され、
「では、よろしくお願いします」
ほとんど会話もせず履歴書なんか出す暇もなく、君子は、その日、このお屋敷のお手伝いさんになっていた。
「掃除をお願いします」
主に言われたのはそれだけだった。
だから君子は、来る日も来る日もこのバカでかいお屋敷に通い、そのだだっ広い部屋部屋を次々掃除していった。
「ふーっ」
君子は広大な屋敷をを見回し、今日も溜息をつく。別にノルマがあるわけでもなく、適当にさぼることもできたのだが、まじめな君子は、一生懸命、毎日毎日隅々までできうる限り掃除をしてしまうのだった。
条件は悪くなかった。いや、とても良かった。こんな条件の待遇は普通ではありえないと思われた。多分、同じ仕事の相場の三倍はもらっているのではないだろうかと君子は漠然と思っていた。
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