2人が本棚に入れています
本棚に追加
君子がちらっと外へ目をやると、ここの主はやはり、今日も呆けたようにいつもの階段のいつも場所に座っている。君子はなんだか漠然とした不安にかられた。給料はしっかり決められた日に、決められた額支払われていた。しかし・・
こんな大きなお屋敷の持ち主なのだからお金持ちには違いない。だから働かなくても食っていける。それは分かる。それは分かるが、しかし、しかしなぜ、毎日毎日同じ場所に座り続けるのか。
君子は当初、他人の家のことには首を突っ込まないでおこうと思った。それが礼儀だと思ったし、自分の性分ではないと思った。それに話し掛ける勇気もなかった。しかし、さすがに一年も経つと、疑念と一抹の不安がせりあがってきてどうしようもなくなってきた。
「あのっ」
何度も躊躇した後、君子は思い切って、いつもの場所に座る主の背後で声をかけた。が、声が小さ過ぎたのか、なんの反応もなかった。
「・・・」
君子はやはりやめようと、踵を返した。
「何か?」
その時、背後で主の声がした。君子はビクッとして、おずおずと再び主の方を向いた。
「あの、何か?」
主は、色白の顔を君子に向けて何事かと不思議そうにしている。そういえばこの顔をまともに見たのはいつ以来だったか。君子は改めて思った。
「ご主人様は・・」
君子はおずおずと言った。
「私は康介と言います」
「康介・・さん・・」
「はい」
「どうして康介さんはいつもそこに座っておられるのですか」
「はあ」
最初のコメントを投稿しよう!