2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
*****
蝉の声が聴こえる。
小さい頃の夏休みは、必ずと言っていいほど母方の祖母の家に遊びに行っていた。
とはいっても、いとこたちとは年が離れていたので、そんなに親しくはなかったのだけれど。
それでも、毎日川に遊びに行ったり、近所の子と虫を取りに行ったりして遊んだ。よそ者なんてほとんどこない、車だって近所のひとだけ。子どもだけで遊んでいても、怖いことなんて何もない場所。
毎日日暮れ近くまで駆けまわって、泥のように眠る日々。畑で採れた野菜や、祖母の手作りの料理はあたたかい味がした。
もちろん母親の手料理も美味しかったけれど、祖母のは特別だった。
『ばあちゃん、ただいまー。』
『やぁ、よくきたね、おかえりおかえり。』
優しい笑顔で出迎えてくれる祖母の顔が見られるだけで、なんだか安心した。その顔は、毎日遊んで帰ってきても同じように迎えてくれた。
日々あったことを夕飯の時に話す。祖母はそれにやさしく相槌を打ってくれる。そんな、懐かしい記憶。
一緒に遊んだあの子のことはよく憶えている。それでも、顔や声を上手く思い出すことはできない。
そういえば、どうやって知り合ったんだったか。それすら曖昧な記憶。
別れ際は?
『また、遊ぼうね。』
そこまで思い出して目を開ける。
変わらず蒸し暑い空気が身を包んでいる。結局窓を閉めて冷房をつけた。この部屋に帰りついてしばらく過ごしたというのに、この温度を感じていなかったことに気づいて、自嘲する。
「相当、参ってるな。」
涙を流したことで、胸の苦しさが少し軽減された気がする。最近はずっと水の中にいるような息苦しさを感じていたのだということも改めて自覚した。
あのあたたかな日々の記憶が、鈍っていた感覚を呼び覚ます。手を握り、深呼吸を幾度か繰り返した。自らの身体の感覚を確かめれば、ふとある考えが頭に浮かぶ。
「ばあちゃんちに行こう。」
カレンダーの日付を確認して、ひとり頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!