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私が前の会社をやめてから、10年が経った。
新しい会社にはすっかり慣れて、日々のいそがしさから羽柴のことも忘れかけていた。伊坂さん、結婚は? そう尋ねられた時には、以前結婚を急いで失敗したから、と答えることにしていた。あの経験は無駄ではなかった。少なくとも、これから一人で生きていくうえでは。
お盆が近づき、気温が三十五度を下回らない日々が続いていたころ、思わぬ電話がかかってきた。私はちょうどオフィスで仕事をしているところだった。画面には見知らぬ番号が表示されていて、一瞬間違い電話か、と思う。とりあえず応答したら、聞き慣れない声が響いた。
「伊坂さん、ですか?」
「はい、そうですが」
羽柴蒼司の妹です。電話の相手はそう言った。長らく聞いていなかった名前に、私は虚を突かれた。そして、彼女の二の句を聞いて絶句した。
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