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「兄が死にました」
一瞬、周りの喧騒が消えた。引き潮が再び浜辺に打ち寄せるように、次第に周りの音が戻ってくる。突然のことだが葬儀に来て欲しい。通夜は明後日だ。その言葉を聞いても、私はすぐに理解が及ばなかった。ただひたすら、はい、はい、と答えていた。電話を切ったあと、私はしばらく胸を押さえていた。誰かに胸を突かれたかのように、異様なほど息苦しかった。私は有休を取り、東京へ向かった。
葬儀会場にたどり着いたのは、通夜が始まる一時間前だった。夕風が吹いているのに、私の首筋には汗が滲んでいた。この季節に喪服は堪える。私は受け付けで香典を出し、記帳した。受け付けには若い女性が二人立っていて、そのうちの一人が記帳を見てハッとした。
「伊坂さん……ですか」
「はい」
「はじめまして。蒼司の妹の千紗です」
彼女は私が電話で話した相手だった。妹だけあって、顔立ちがどことなく羽柴に似ている。彼女はもう一人の女性に受け付けを任せ、私を控え室へ連れて行った。私にお茶を出し、深々と頭を下げる。
「遠いところをお越し下さって、ありがとうございます」
「いえ。このたびは……」
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