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羽柴は五年前、新入社員としてこの会社にやってきた。私より5つ歳下で、明るくてまっすぐな、やる気のある新人だった。彼が入社した時から、私は羽柴に仄かな想いを抱いていた。
私は昔から、女性ではなく男性に興味があった。ただ誰かと付き合ったことはなく、同性愛者だとカミングアウトしたこともない。私は性的マイノリティで、他人には理解されにくい存在だ。知られて拒絶されるのが恐ろしく、私は自分の気持ちを押し隠した。転機が訪れたたのは2年前だ。
あれは、社の慰安旅行だった。羽柴と偶然浴場の脱衣所でかちあった私は、彼の裸体を見ないように努めながらも鼓動を鳴らした。羽柴は何も気がつかない様子で服を脱ぎ、主任、風呂入らないんですか? と尋ねてきた。私は彼に背を向けて服を脱いだ。そんなわけがないのに、羽柴もこちらを見ている気がした。
彼と一緒の湯に浸かると、意識するあまりじわじわと顔が熱くなっていった。私は顔を伏せ、どうか気づかないでくれと切に願った。
浴場には、羽柴と私以外誰もいなかった。緊張する私に反し、羽柴は湯場を眺め、のんびりと言った。
「貸切みたいでいいですねえ」
「あ、ああ」
しばらく沈黙が落ちた。
「主任、彼女いますか」
その当時、羽柴は私を「主任」と呼んでいた。
「いや、いない」
君はどうなんだ。そう尋ねるのは自然な流れだった。俺もいませんよ、と羽柴は答えた。私は一瞬浮上しかけたが、すぐに気持ちを沈ませた。相手がいないからなんだというのだ──。彼の相手は女に決まっているのに。期待を振り払うため、湯船から出ようとしたとき。羽柴は私に身を寄せ、俺と付き合いませんか、主任のこと好きなんです、と囁いた。私はびくりと震えて羽柴を見た。冗談だろう? そう返す声は上ずっていた。彼は本気ですよ、とはにかんで、私の唇を奪った。
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