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先月別れるまで、羽柴とよく訪れたのは、会社から10分のところにあるホテルだった。優越感を満たすためなのか、私の羞恥を煽るためかはわからないが、彼はいつも、会社から近い場所を指名するのだ。ホテル内に入り、フロントで名前を告げたら、キーを渡される。エレベーターで昇っていき、部屋のあるフロアにたどり着いた。
ノックをしたら、すぐにドアが開く。羽柴は私を目にし、来てくれたんですね、と破顔した。この笑顔を愛おしいと思っていた。今では──恐ろしく感じる。彼は得体が知れない男だと、警戒心が高まっていく。羽柴は私を室内へ促した。
「座ってください。何か飲みましょう」
「いらない。私は話をしにきたんだ」
「飲んでも話くらいできますよ。相変わらず硬いんだから」
羽柴はくすくす笑いながら、メニューを手にした。私は、壁にかけられた彼の上着に目をやる。上着のポケットに、スマホが入っているのが見えた。
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