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「あの向かいのマンションの3階の真ん中が、生田芳郎さんのお部屋です。」
芽亜里は喫茶店の窓側の席に座ると、そう言った。
俺には見慣れたマンションだったが、向かいのこの喫茶店には入った事がなく、この位置から眺めたのは初めてだった。手すり付きの廊下の奥に入り口が並んでいて、ここから人の出入りが見渡せるようになっていた。
『カフェ 眞鍋』と書いてあるレトロな感じのドアを開けると、薄暗い店内の壁に小さな版画が15点ほど掛けられていた。
ろくろで挽いた感じのコーヒーカップや、前衛彫刻のミニチュアみたいなオブジェなどが仕切られた棚に飾られていた。
カウンターの奥には『ビュッフェ』という画家の風景の版画が掛けられていた。
「今頃、ちょうどお父様があのマンションから出てくるのではないか、と思います。」
芽亜里は年配の女性のウェイトレスに、コーヒーの浅煎りをお願いします、と言ったので俺も同じのにした。
「お父様の知らない面を調査するのは辛い事だと思います。
もう無理だと感じたら、お先にお帰りになってもいいですよ。」
芽亜里が真顔で言うので俺はフッと笑ってしまった。
「いいえ……、自分が言い出して無理な事をお願いしたんです。最後までお手伝いさせてください。
今のところ何にもできていませんが。でも、笹木譲二さんのお蔭で少し進みましたよね。」
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