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そのあとは森に出掛けたのか、ソレは夕飯の時間まで小屋には戻って来なかった。
俺には一切視線を向けないが、夕飯はちゃんと用意されている。畑にはない果物があるので、森で取ってきたのだろうか?
「ごちそうさん」
旨かった、と心の中で続きを呟き、ソレの食事の進み具合など気にしていない振りをして、ソレが食べ終わるのを待つ。
ソレの皿が空になった瞬間、ソレが手を伸ばす前に掴んでシンクに運ぶ。
今日は三連勝だ。密やかな勝負に口許が弛む。
「来い」
皿を洗い終えたソレが俺の脇を通る際、小さく口を開けて呟き、小屋の外に出ていった。
俺がここに来てから、夕食後に外に出たことなどなかったのに突然どうしたのだろう。首を傾げながら、そのあとを追う。
今夜は新月なのか、やけに闇が深い。雲が出ているのか、星の輝きも疎らだ。
闇には慣れているのか、すたすたと森の中を進むソレを見失わないように、足を早める。
昼間の熱気が残り、もわっと纏わりついてきていた空気に冷たさが混ざってきたなと思っていると、森を抜けた。
僅かな星明かりで浮かび上がる風景には見覚えがある。あの湖だ。
「あの光はなんだ?」
湖畔で点滅している小さな明かりを指差して聞く。はじめは星の瞬きが湖面に写り込んでいるのかと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
「蛍だ」
ぼそりと答えるソレ。
そういえば、ソレの声を聞くのは二週間振りだったな。そんなことを考えていると、湖畔で瞬く光の数が一気に増えた。
ホタルというものは俺の時代にはいない。いや、いるのかもしれないが俺は見たことがない。
どんなものなのか分からないが、そんなことはどうでもいい。ただただ、美しいんだ。
星々が地上に落ちたことにも気付かず、瞬いているようだ。いや、慎ましやかなこの光は、天に旅立つ前の魂なのかもしれない。
「綺麗だ……」
語彙の乏しい俺には、この美しさを表現する言葉は持ち合わせていない。直球の感想を漏らし、その瞬きに魅せられていた。
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