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 翌朝目覚めると、ベッドにソレの姿はなかった。だが、三分の一ほど開いた扉の向こうから、食欲をそそる匂いが漂ってきて、ソレの居場所を教えてくれた。  起き出そうと身を持ち上げて、あることに気付く。何かに強打して腫れ上がっていた右手首に、布が巻かれているのだ。鼻を近づけると、ハッカのような匂いがした。 「これ、お前が巻いてくれたのか?」  寝室を飛び出して、ダイニングテーブルに完成した朝食を並べていたソレに訊ねる。ソレは患部をチラリと見遣るも、何も言わずに椅子に座り、ふかしたジャガイモを食べ始めた。 「旨そうな朝飯だな」  ソレの向かいには、俺の分の朝食も用意してある。  昨日のスープとジャガイモとブルーベリー。どの食材も存分に浴びた太陽光を身に宿しているのか、キラキラしていているように見える。 「野菜もお前が作ってるんだろ? こんな旨い野菜は初めて食べた」  ふかしただけのジャガイモの旨さに感動して、興奮気味に告げる。  だが、ソレは眉を寄せ、食べかけの皿を持ってガタンと席を立った。おべんちゃらだと思い、気分を悪くしたのだろうか。  審判者はその仕事の内容から、一般人とは親密にならない。場合によっては互いを始末しあうため、審判者同士でさえ深い付き合いはしない。  そのため、人付き合いに不馴れだ。特に俺は建て前というものを使わないので、冷酷非道と言われることが多い。本音を隠して、心にもないお世辞を言う方が、俺には汚い人間だと思うのだが。  ソレの口に出さない言葉は、ベラベラと喋る偽物の言葉よりも理解できた。だが、人の心を読めない俺には、全てを理解するのは無理なようだ。  シンクで残りの料理を掻き込み、仏頂面で皿を洗っているソレを盗み見て、小さく溜め息をつく。
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