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卒業式の直後、俺とサトヤは少しだけ顔を合わせた。当時やっと買ってもらえた携帯電話のメアドを交換する為だ。
新品の携帯電話をお互いにつきあわせている間、確か、とりとめの無い会話をしていたのだと思う。でも、今は何を話したのか全く覚えていない。
高校に進学してから、一度だけサトヤに会う機会があった。
俺は念願だった学ランを着て毎日登校していた。両親は、初めこそ驚いた顔をしていたが、特に咎めたりもせず俺の好きにさせてくれた。俺は少しだけ自由に足を踏み入れた気がしていた。
高校一年の梅雨が近づいてきた頃、サトヤからメールが来た。文章はたった一言「会わない?」だった。俺はすぐ「いつもの場所で」という文章とともに、日にちと時間を箇条書きにして返信した。
学校帰り、久々に座ったベンチは、相変わらず夕日に照らされていた。腰を掛けると、懐かしさと共に、初めて座るような新鮮さがあった。
卒業式以来にあったサトヤは、ブレザーにスカートの制服姿で、益々女っぽさに磨きがかかっていた。もはや別人の様に見えた。
二人の時間は、一言二言近況報告をした後はあまり話題が無かったものの、そんなに息苦しくはなかった。しかしさすがに沈黙が長かった為、辺りをキョロキョロ見回してみると、誰かの忘れ物と思しき、子供用の野球ボールとグローブが一つずつ転がっていた。俺はそれらを拾うと、グローブをはめ、ボールを上に放り投げてキャッチしてみた。サトヤはそれを楽しそうに見ていた。
そうだ、だから俺たちは柄にも無くキャッチボールなんて始めたんだっけ。
ベンチの裏にあるちょっとした広場で、俺とサトヤはキャッチボールをした。サトヤは素手だったので、ボールは常に柔らかい弧の軌道を描いていた。
俺はふと美術室で見たサトヤの絵の事を思い出した。今だったら何でも聞ける気がする。そう思った俺は、ボールを振りかぶりながらサトヤに言った。
「俺、一回だけサトヤの描いた絵を見たことがあるんだけどさ」
俺の手からボールが放たれる。緩やかな線の先でサトヤがボールをキャッチする。
「うん……聞いた、タクミから」
タクミというのはあの背の高い男子の事だろう。サトヤの言葉に篭る体温からして、二人は付き合ってるのかな?とも思ったのだが、特に言及はしなかった。
「どうだった?」
そう言いながらサトヤがボールを投げる。あまり球技経験の無い不安定な球だ。俺は読み辛い軌道に翻弄されながらなんとかボールをグローブに収めた。
「とっても良い絵だったよ。でもなんで」
俺はそう言いつつ再び振りかぶると、ボールを緩やかに、夕焼けた空気へと放った。
「夕日が青かったの?」
俺はボールを少し遠くに投げ過ぎた。サトヤは自分を通り越していったボールを慌てて拾いに行って戻ってくると、お返しとばかりに悪戯っぽい顔で大袈裟に振りかぶった。
「夕日には一瞬、青く燃える時間ってのがあるんだよ……私たち二人でいると、時々ね」
サトヤはそう言いながらボールを放った。
緩やかな弧を描くそのボールは、10メートルにも満たない距離を何時間もかけて移動しているように思えた。グローブに収まったと思ったボールは実は、行き場を失ってどこかへ行ってしまったのかもしれない。そういえば、この時俺の目に焼きついた夕日は青かった。
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