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「夕日には一瞬、青く燃える時間ってのがあるんだよ」  サトヤがそう言ったとき、俺たちはキャッチボールをしていた。  ありふれた夕焼けが学ランの黒に朱色を滲ませる中、白いボールがゆるゆると弧を描いて俺のグローブに吸い込まれた。余りにも過剰な青春の演出。   これは今でも俺の頭の中で鮮明に残っている映像だ。    でも何で、俺たちはあの時キャッチボールなんてしてたんだっけ?  サトヤと俺は幼馴染で、幼稚園バスの中で悪さをしていた時からの腐れ縁だった。地元の公立小学校に上がった後も休み時間、授業中、放課後、一緒にいる時もいない時も、常に悪巧みを考えてお互いにアイデアを報告しあうのが待ちきれなかった。  具体的に何をしたか?例えば、小4の放課後の事だ。  俺が担任の石神に手紙を書いて、家の近くにある公園に呼び出した。当時は親と教師の二者面談といえば家庭訪問が主流で、石神も一度俺の家を訪ねた事があったから地理はなんとなく伝わったのだ。  で、俺が書いた手紙の内容はといえば、今自分で思い返して言うのもなんだけど、凶悪なものだった。  それは要約すると、俺が恋に悩んでいて、しかもそれは石神先生、あなたへの情熱なんです。胸が苦しくて引きちぎられそうで、自分というものがほとんど分からなくなりそうな位。多分、自殺しちゃいます! と、こんな具合だった。  新婚の美女であり、尚且つバイリンガルで海外でのボランティア経験もある知的な石神は、一人ひっそりと事の重大さを噛み締めて、公園にやってきた。  そこで石神が見たのは公園でディープキスをしあう俺とサトヤだった。10歳の小学生にしてはませた発想かもしれないけれども、当時の俺たちにとってそれは既に冗談として常識的だった。  俺たちは石神がどんな反応をするのか楽しみでしょうがなかった。そういえばこの時、怒るかなあ、もしかしたら頭がおかしくなって次の日から学校に来られなくなっちゃうかも、と、サトヤが楽しそうに話していたのを今思い出した。  しかし実際の石神はというと、俺たちの楽しんでる姿を見るや否や、その場にへたり込んで泣き出してしまった。きっと石神は仕事熱心で、理性的にものを考え過ぎる傾向があったのだと思う。  その後、石神と俺たちは何事もなかった様に日々を過ごした。それは、俺たちがそうしたかったというよりも石神がそうしたいと望んでいるようだったからだし、俺たちもその思いを執拗に弄ぶのはあんまりだなと思ったから、そうしたのだった。
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