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 特別な時間の中でどんどん通じ合っていく俺とサトヤだったけど、見かけ上、普段の中学校生活では目立った交流は無かった。全く悲劇的な事に、俺たち二人は一年、二年、共に別々のクラスだったし、通じ合っていく過程で二人の関係は公には隠しておくべきなんじゃないかという気がしていたから、意識して接点を持たないようにしていたのだ。小学生の頃から俺たちを知ってる友人たちからすれば「二人って急に仲悪くなったの?」って感じだったみたいだけど、思春期に突入した途端に交友関係が激変するなんて話はザラにあるから、特に違和感は無かったみたい。  校舎の中で俺たちは、悪巧みなんて遥か昔の事みたく忘れてしまっていて、ただ二人の特別な時間を生きる為に、その他の時間を流れるままに受け流してじっとこらえていたんだ。昔ほど具体的にお互いの事を考える事はやめて、お互いが発する特殊な周波数みたいなものを毛先で感じる、そんな関係と言ったらいいのかな。  ただ一度だけ、俺は掟を破り、校内でサトヤに会いに行ったことがある。ふとサトヤをびっくりさせたくなったからだ。今思えばそれは、悪巧みをしていた自分の延長線上にある行為だったんだと思う。  授業が終わって、俺はこっそり美術室を覗きに行った。中学校に入ってからしばらくは帰宅部として放課後をぷらぷらしていたサトヤだったが、急に絵が描きたくなったらしく、二年生になる少し前、春休みの間に美術部に入部していたのだ。  俺はサトヤが絵を書いている姿を見た事が無かった。サトヤも照れ臭いと言って俺の目の前で絵を描いたり、ましてや描いたものを見せてくれたりはしなかった。それはちょっと寂しい気もしてたのだけど、俺は俺で、サトヤが自分の内側にあるものを描いている事を想像すると、ちょっと照れくさくて、ちょっと怖かった。  なるべく突飛な感じにならないように、普段通りを装って俺は美術室の扉を開いた。  窓越しの校庭を背景に、イーゼルに乗ったキャンバスが半円を描くようにして並んでいた。  しかしそこにサトヤの姿は無かった。あれ?と思った俺は美術室に立ち入って辺りを見回した。筆やアクリルガッシュが机の上に用意されていて、別の机にまとめられたカバンにはサトヤのも混じって置いあった。これらを鑑みれば、おそらく先ほどまでサトヤはここにいたのだろうと思った。  なんだか拍子抜けした俺は、並べてあるキャンバスをボーッと見て回った。すると、俺は一枚の絵の前で足が止まった。  それは夕焼けの風景だった。いつも見慣れたベンチからの風景だ。田舎の町は赤く燃えて、泣き出しそうだった。淡い筆致に線が強調されていて、美術素人の俺にとっては少し変わった作風に思えた。だが、その絵の特筆すべき点は何と言っても太陽だった。夕焼けに沈む太陽が青いのだ。それは質量よりも空間を思わせた。穴だった。焼けた町に沈む深い穴だった。 「それ、サトヤさんの絵ですよ」  絵に見入っていた俺は、突然耳に飛び込んできた男子の声に過剰に驚いた。 「飛び込みで入部希望ですか?」  その男子はいかにも美術部らしい細身なのだが、何か強い意志というか、落ち着きというか、大人らしい感じがあって、決して弱々しさを感じさせなかった。あと、背が高かった。 「あ、いや、サトヤに用事があったんだけど、大丈夫。失礼しました」  俺はそう言い、そそくさと、美術室を出て行こうとした。が、男子はまだ声をかけてきた。 「サトヤさん、他の部員と野外スケッチに行ったよ、気晴らしだとか言って」 「そうですか、じゃあ、なんとなく校庭の方見てみます」  一旦足を止めた俺は、振り返りもせずに適当な事を言うと、今度こそ美術室を後にした。  俺はサトヤには会わずに家に帰る事にした。
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