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「ユナ」
後ろから、彼氏の細い体が覆いかぶさってくる。なんだかんだ言っても、この日本人の温もりにほっとしてしまう自分がいる。抱きしめられている間は、故郷のことも、悠仁のことも忘れられるから。
オレンジ色のイヤホンを、耳から引っこ抜く。
「また、何を描くか悩んでるの?」
「ううん、そうじゃない」
シェードからオレンジがかった光がゆったりと漏れている。そこに向かってイヤホンをかざしてみた。暗い影が降りて、イヤホンはひどく作り物めいて見えた。ここが東京だからかもしれない。全てが人工甘味料みたいな街だから。
「ユナはいつもそうやって一人で考えすぎる」
人造の甘さの中で、あの海の色も、音も、においも、自然のままでつながった感触も、このまま全て薄れていくんだと思う。この刺激が強すぎる街の煽情的な日々が、私からも一つ色を奪っていく。私は東京の街に同化して、そしてこの街の空は、また少し濁っていく。
「でも、次に行く所はもう思いついたから」
私の創る絵は、それに抗おうとしているのか、それを受け入れようとしているのか。
「どこに行くの?」
「そうね。夏が来たし、海、かな」
「海の絵か、夏っぽくていいね」
「ううん、絵は二の次かな。一人で日焼けしに行く」
正面の鏡に、彼の怪訝そうな目が映っている。私は、鏡の中の自分が揺れていないことに気付き、微笑んだ。海から離れた人魚の私は、こんなにも肌が白い。疲れ果てて、顔は青白い。かわいい人って言われた姿なんて、案外あっけなく消滅していくのかもしれない。
だけど日焼けをすれば、色が生まれて、モノトーンの世界の何かがきっと変わる。私は黄色人種。少し焼ければ、オレンジっぽい色に。もっと焼ければ、悠仁みたいなコッペパンに。
どれくらい、身を焦がしてみようか。完成した自分の肌を、絵として保存しようと思った。海のきらめきに、身と心を焦がした哀れなマーメイド。それでようやく、海の向こうにいるあの人への、本当のサヨナラになる気がした。
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