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目を閉じて、イヤホンに耳を傾ければ、いつでも海のにおいを思い出す――。
つんとくる汗のにおい、細い寝息。七月の夜の帳に包まれ、薄い照明が漂う部屋で、私はじわりとまとわりつくようなぬくもりに包まれている。
あばらの浮いた男の胸板に頭を預けているけれど、強く両手で押せば、ぽきぽき、と雪崩のように折れてしまいそう。あまりに肌の色が白い。気持ち悪いほど清潔なビルの中に、閉じ込められているような気さえ起こってしまう。
真っ白な体を作る街、と呟く。汗でねっとりとした胸毛の一本が、微かに揺れる。
東京の空を遠くから見れば、ビル街を囲むようにグレーに濁っているらしい。隣にいる彼が、いつかどこかの展望台で言っていた。人が多いから、それだけ排気ガスとか、有害物質とか出ているんだろうね、と彼は評論家ぶって細めた目をしていた。そのときは、手すりに腕を預けている姿が様になって、ドラマの一コマみたいだな、なんて感じ入ってしまったけれど。
たぶん、空をグレーに塗りこめているのは、人間の色素だ。東京に溢れる人間から色素が少しずつ抜けていって、人の体は白く、空は多色を混ぜたグレーになっていく。ビル街の空は狭いから、一度天へと捨てた色素はもう降ってこない。
それが、日本の人々が目指してきた街なのだ。そして、私の目指した街なのだ。
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