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彼が家を手伝っている様子は、何度かこっそりのぞいたことがある。学校やデートとはまた違う汗を流している彼の姿にときめいて、もっともっと好きになった。同時に、いつかは継ぐんだろうな、というのは分かっていた。だから、高校三年生の夏に、地元に残って大学と店の手伝いを両立する、と告げられても、驚きはしなかった。
私は、東京の学校に行きたい、と思っていた。高校入学前から憧れていたデザインの専門学校に通うためだ。前々から東京へのあこがれは口にしていたから、彼も理解はしてくれたが、遠距離恋愛になるよ、と心配した。それくらい大丈夫だよ、と私は彼の耳にイヤホンを突っ込んだ。
音楽を流し込めば、時間の流れも、心の動きも止められるから。二人きりの世界を延長できるから。私は深く考えるのを拒否した。手を握っても、彼の本当の表情は掴めなかった。私は掴もうとしなかったから。
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