来店

2/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
気分だけが夏休みという時期にその客はやってくる * 彼女が初めてここを訪れたのは大学生になって祖母が経営している喫茶店でバイトを始めた頃だった。 カッラン。ベルが遠慮気味に鳴る。カラン。静かに閉まったドアの前に立っていたのは店内をオドオドと見渡す高校生ぐらいの少女。おいおい、君みたいな子は今頃授業中じゃないのか?それでも何も問わずいらっしゃいませ、とお得意の笑顔を向けその小さなお客さんに窓際の、一番心地の良い席にご案内する。 「あの!ラムネ、でお願いします」 美味しいよねーなんて呑気な事を考えつつ彼女に淡い色をしたその飲み物を持っていってから、カウンターに戻り横目で観察する。クセがかかったダークブラウンの髪に日本人にしては彫りの深い顔立ち、しかし角度を変えるとただ美人な人という印象を残す。不思議な子。そのほっそりと白い指は壊れ物のようにそっとラムネの便に触れ、周りの水滴を拭いコップに注ぐ。その仕草がちょっと可笑しくってちょっと美しくって見入ってしまう。気づいたらラムネを飲み干した少女は中のビー玉を覗き込んでいた。 「ビー玉ってきれいだよね。好きなの?」 コクリ、と頷く 「取り出そうか」 数メートル離れているのに、彼女の瞳が輝いたのが分かる。危ないので厨房で瓶を割り、お目当ての物を綺麗に拭いてから持っていく。 「残念だね。紫色とかあるんだけどな、今回は水色だよ。」 「いえ、いいんです」 パチパチ。瞬きが早くなる。「また来ます。」 それから頻繁に彼女は通い始めた。ラムネを飲み干しビー玉を取り出しすぐさま返る不思議なお客さん。何色でも嬉しそうにし、宝物のように握りしめ、静かに返る。 だが喫茶店が彼女と同世代の子達であふれ始めた頃、少女はパタリと来なくなった。最初は違う時間帯に来てると思ったが、祖母曰く全然見かけてないらしい。とうとう少女に会わぬまま夏休みは終わり、冬になる頃にはその小さなお客さんの存在をすっかり忘れてしまっていた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!